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広島地方裁判所 平成4年(わ)222号 判決 1996年3月28日

主文

被告人Aを禁錮二年に、被告人Bを禁錮二年六月に、被告人Cを禁錮二年六月に処する。

この裁判確定の日から、被告人Aに対し三年間、被告人Cに対し四年間それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用はこれを四分し、その各一を被告人A及び被告人Cの各負担とする。

被告人Dは無罪。

理由

(事故に至る経緯)

1  被告人四名の経歴及び地位等

(一)  被告人Aは、昭和三七年春、中央大学工学部土木学科を卒業し、同三八年春、○'○'機械工業株式会社(平成二年四月一日、株式会社○○と社名を変更。以下、「○○」という。)に入社し、翌三九年から二年間、京都大学の聴講生として橋梁工学を専攻し、同四三年ころまでは同社設計課において、橋梁の設計図の照査、橋梁の付属品の設計等の業務に従事し、その後、同社市川工場(以下、単に「市川工場」という。)工事部(本件当時、橋梁工事部。以下、同じ。)計画課に配属され、橋梁架設工事計画の立案、施工計画書作成等の業務に従事し、平成元年一〇月には同部部長に昇任し、同部の業務を統括していた。なお、同被告人は、昭和四七年には一級土木施工管理技士及び測量士の、同四八年には技術士の各資格を取得し、本件までに、現場代理人として二件の橋梁架設工事に携わった経験を有する。

(二)  被告人Bは、昭和三七年三月岐阜県立岐阜工業高等学校土木科を卒業し、同年四月○○に入社し、同社第一事業部橋梁設計室橋梁設計課に配属され、主に橋梁の設計図の照査等の業務に従事し、その後、生産設計課、市川工場管理部生産管理課等の各業務に従事した後、同六二年四月市川工場工事部工事課課長代理に就任し、橋梁架設工事に関与するようになり、同六三年四月業務計画課課長代理に、続いて平成元年三月再び工事課課長代理になり、若い技術者が担当している現場を視察・指導していた。さらに、同二年四月同部工事第二課課長に昇任したが、ほとんど現場代理人としての業務に従事していた。なお、同被告人は、本件までに現場代理人等として三件の橋梁架設等の工事に携わり、また、昭和六三年には一級土木施工管理技士の資格を取得した。

(三)  被告人Cは、昭和六三年三月武蔵工業大学工学部土木工学科を卒業し、同年四月○○に入社し、市川工場工事部工事課に配属され、施工計画書作成の補助、橋梁架設工事の現場代理人の補佐等の業務に従事していた。なお、同被告人は、本件までに、現場代理人の補佐として三件の橋梁架設工事に携わった。

(四)  被告人Dは、昭和四五年岡山県立玉島高等学校普通科を卒業後、Y株式会社(以下、「Y」という。)に入社し、同社水島支店水島海運部海運課に配属され、事務職としてY製鉄株式会社の製品を船舶に積み下ろしする諸手続きを担当し、昭和五三年同支店第一業務部輸出入課に配属され、税関手続書類の作成等の業務に従事し、同五四年同支店第二業務部機工課ライングループに配属され、同課の経理・庶務を担当し、平成元年一〇月同グループにおいて係長に昇任し、同三年二月一五日同課プロジェクトグループに配置換えとなった。なお、同被告人は、昭和五四年五月鉄骨組立等作業主任者の資格を取得したが、本件までに、橋梁架設工事等の建設工事に携わったことはなかった。

2  本件橋桁架設工事の概要

(一)  広島新交通システム建設計画は、広島市北西部の交通状況を改善するため、道路上に設置された高架式の専用軌道を走行するバスと鉄道の中間程度の輸送力を持つ交通機関を建設しようとするものであり、建設省と広島市とが共同でその建設を推進した。右計画は、昭和六一年四月建設省の新規路線として事業採択され、同六二年一二月一日右新交通システムを経営する広島高速交通株式会社が設立された。

広島市の担当した施工区間は、その間に建設される予定の七か所の駅を基準にして八つの工区に区割りされており、本件事故が発生した同市安佐南区上安二丁目二九番三号所在の工区は、動物園駅(仮称)から高取駅(仮称)までの第六工区その2であった(以下、同工区を「本件工事現場」又は「本件現場」ともいう。)。なお、同工区は県道高陽沼田線上にあり、同県道の幅員は東側橋脚付近で約19.5メートルであり、橋脚南側の道路は本件工事期間中も通行止めされることなく、一般車両の通行の用に供されていた。そして、広島市建設局都市交通部新交通第一建設事務所(所長甲野)が同工区の工事の監理を担当し、担当技師は乙野であった(なお、関係人の氏名については、初出時以外、特に必要のない限り姓のみを記載する。)。

(二)  右新交通システムの基本計画は、昭和六一年広島市が立案し、新交通システム技術委員会に諮られ決定された。その後、広島市建設局都市交通部設計課が基本設計を行った。平成元年二月二八日右新交通システムの起工式が行われ、同年七月同課から日本交通技術株式会社小倉支店に対して、上部工(橋桁)及び下部工(橋脚、基礎工)の設計図等の作成が発注されたが、その際、本件現場においては、橋脚の幅一杯に橋桁が載る構造のものとして発注されていた。同二年三月ころ、右設計課は同社から成果品である設計図等を受け取り、それに基づいて工事価格の積算を行った。右設計課は、積算を行う過程において、警察との間の協議で、橋脚北側の上り車線を通行止めにして作業場所とし、橋脚南側の道路を対面通行させることとし、建設省発行の橋梁架設工事積算資料平成二年度版を参照し、日本橋橋梁建設協会と相談した上で、本件現場における橋桁架設工事(以下、「本件工事」ともいう。)においては横取り降下工法、すなわち、作業場所である橋脚北側にクレーンを置き、搬入された橋桁を右クレーンで各橋脚上の北側に一旦仮置きし、その後南側に横移動させて橋脚南端に設置するという工法を標準工法として採用した。

(三)  本件工事は、二径間連続鋼製箱桁二本(以下、橋脚の南側に設置予定の橋桁で、本件事故により転落した橋桁を「G1桁」又は「本件橋桁」、北側に設置予定の橋桁を「G2桁」という。)を既設の三基のT型支柱の橋脚(以下、東側から順に「東側橋脚」、「中央橋脚」、「西側橋脚」という。)の南北にそれぞれ架設し、一二本の横桁と一本の縦桁で連結するというものであった。

そして、東側橋脚から中央橋脚までの距離は約33.6メートル、中央橋脚から西側橋脚までの距離は約29.1メートルであり、G1桁の長さは約63.3メートル、高さは約一メートルないし1.6メートル、橋桁上面(以下、「上フランジ」という。)の幅は約1.94メートル、橋桁下面(以下、「下フランジ」という。)の幅は約1.62メートルないし1.74メートルであり、G1桁の縦断面は上フランジが下フランジに比して南側に張り出した逆台形の形状をしていた。また、橋脚上面(以下、「天端」という。)の南北方向の幅員は、東側橋脚で約11.1メートル、中央橋脚で約8.9メートル、西側橋脚で約7.3メートルであり(なお、東西方向の幅員は、東側橋脚が約1.6メートル、中央橋脚、西側橋脚が各約1.8メートル)、G1桁は右の橋脚の幅員に対応して南側にやや膨らんだ曲線状であった。

ところで、本件現場において採用された前記横取り降下工法による作業手順は以下のとおりである。①まず、支柱(ベント又は支保工という。)三基を各橋脚間(東側橋脚と中央橋脚間に一基、中央橋脚と西側橋脚間に二基)に設置し、各橋脚上には横移動する際の敷レールとして断面がH字型の鋼材(以下、この形状の鋼材を「H鋼」という。)を設置する。そして、作業場所である橋脚北側にクレーンを置き、六ブロックに分割して搬入された箱桁を右クレーンで順次吊り上げて、各橋脚及び各ベント上に置くとともに、各ブロックを仮留めして一本の橋桁にして橋脚北側に仮架設する。さらに、橋桁が自重等によりたわむのに対応して、予め橋桁を反らす角度をジャッキによって調整する作業(キャンバー調整)を行った上、ハイテンション(高力)ボルトで各ブロックを本連結する。②次いで、橋桁と横移動用レールとの間にチルタンクを装着し、牽引用具(チルホール)を取り付けて橋脚南側の所定位置まで橋桁を横移動させ、H鋼等で作られたジャッキを設置するための架台(以下、「ジャッキ架台」という。)上にジャッキを設置し、ジャッキを操作して橋桁を押し上げ、チルタンク等の横移動用の機材を撤去し、ジャッキ架台同様にH鋼等で作られた仮置台に橋桁を仮置きする(以下、「横移動作業」という。)。③最後に、仮置きした時と同様の作業を各橋脚上で順次繰り返し、仮置きされた橋桁を橋脚上の沓(可動性の金具)まで降下、設置する(以下、「降下作業」という。)、というものである。

(四)  降下作業において、橋桁の荷重は狭いジャッキヘッド(本件現場で使われたジャッキの頭部は円形で直径約七七ミリメートル)にかかるので、橋桁の側板であるウェブと下フランジとが交わる溶接線(以下、「ウェブ線」という。)、又は縦リブないしダイアフラム(補強のため橋桁内部に溶接された仕切板)等が溶接された下フランジ部分(以下、「ダイアフラム線」という。)にジャッキヘッドを当てる必要があり、もし、ウェブ線又はダイアフラム線以外の下フランジ部分にジャッキヘッドを当てた場合には、橋桁の荷重によりその部分が凹損し、そのためジャッキが傾斜してジャッキ架台とともに倒壊する可能性があった。

ところで、前記のとおり、G1桁は橋脚南端に設置されるとともに南側に膨らんだ曲線桁である上、橋脚南側側板と橋桁南側ウェブが下から上に向けて南側に張り出した形状であったことから、設計上、東側橋脚では橋桁南側ウェブの中心が橋脚南端より四九〇ミリメートル内側(すなわち北側)になるが、中央橋脚においては七七ミリメートル外側(すなわち南側)に張り出し、西側橋脚においても七ミリメートル外側(同)に張り出すことになっていた。

そうすると、中央橋脚及び西側橋脚においては、降下作業に際して、G1桁南側下方に設置したジャッキヘッドをウェブ線に当てるためには、橋脚南端に置いたジャッキ架台の基部のH鋼の中心からその上部に積まれたH鋼及びジャッキの中心を南側に偏心させて組み立てざるを得ないが、このような組み方をすれば、ジャッキ架台の耐荷力が低下し、橋桁の荷重に耐えられずに倒壊する可能性があった。また、ダイアフラムは、各橋脚上の橋桁内部に一枚ずつしか溶接されておらず、しかも、ダイアフラム線下方には沓座、仮置台、橋脚回り足場用の単管が置かれ、ジャッキ架台を設置する余地が少なく、安定したジャッキ架台を設置するのが困難な状況にあたったため、ジャッキ架台の設置位置・組み方、ジャッキヘッドを当てる下フランジの位置・方法等のいかんによっては、南側ジャッキ及びその架台が倒壊するとともに、G1桁等が車両交通の頻繁な橋脚南側路上に転落する可能性があった。

3  本件工事を○○が受注するに至る経緯及び当時の○○の状況

(一)  ○○は、本社を千葉市に置き、大正九年四月二〇日設立された橋梁等の鉄構物の設計、製作、組立及び据付等を目的とする株式会社(資本金約三二億円)である。

(二)  ○○は、平成二年九月一〇日本件工事を九五〇〇万円で落札し、同日広島市との間で、請負代金額九七八五万円、工期を同日から同三年三月三一日までとする請負契約を締結した。

(三)  市川工場の業務分掌規定では、橋梁架設工事を受注すると、工事部業務計画課において同工事の施工方法等を検討して施工計画書を作成し、同部部長がこれを検討して架設計画を決裁し、下請業者との契約については、同部工事第一課又は同第二課において下請業者と交渉等を行い、同部長が決裁することになっていた。

(四)  ○○では、昭和六二年ころから工事受注量の増加に伴い、現場代理人の不足が問題化し、平成二年一〇月ころから、各課の業務を統括する課長、さらには工事部の次長までが現場代理人として現場に出る事態が生じていた。そのため、市川工場において工事部の管理業務を行っていたのは、被告人Aと事務職の女性一名のみであり、そのため、被告人A自身が下請業者との交渉等に当たらざるを得ない状況であった。

(五)  また、同部業務計画課員も現場代理人等として現場に出払っており、同課長丁野が本件工事の施工計画を立案した。丁野は、同年九月二八日本件現場の現地調査を行い、広島市側と打ち合わせた上、同年一〇月一〇日ころ、広島市作成の設計図面及び設計書を基に施工計画書を作成したが、この際、丁野は、前記2(四)のような本件工事の特殊事情に気付かず、本件橋桁の重心の位置、本件工事における橋桁と橋脚の取り合い関係等を確認することなく、降下作業時のジャッキ架台の設置位置・組み方、ジャッキヘッドを当てる下フランジの位置・方法及び転倒防止ワイヤー(以下、橋桁が転倒することを防ぐ目的で橋桁と橋脚等との間に設置されるワイヤーを「転倒防止ワイヤー」と称する。)の設置等について何ら検討を加えなかった。そして、右施工計画書の提出を受けた被告人Aも、本件工事の右特殊事情に気付かず、降下作業等に関して詳細に検討するよう丁野に指示しなかった。

さらに、同年一二月ころ、被告人Aは、本件現場の現場代理人として工事部工事第二課員丙野を予定し、同月終わりころ、同人に対して本件工事の準備をさせ、丁野作成の右施工計画書を検討させたが、丙野も前記のような本件工事の特殊事情に気付かず、降下作業等に関する詳細な検討を行わず、同被告人も丙野に右検討を指示しなかった。

(六)  なお、○○においては、本件工事を受注後、市川工場橋梁設計部が本件橋桁の設計図等の照査を行い、同工場橋梁製造部生産技術課が製造に関する工程計画や工作図を作成するなどした後、同部製造課が同橋桁の製造に着手し、同三年一月三一日には仮組立検査等を終了したが、製造・出荷の段階では本件橋桁そのものに不備欠陥はなかった。

4  Yが○○との間で本件下請契約を締結するに至る経緯

(一)  Yは、本社を神戸市に置き、昭和一八年二月六日設立された各種運送事業及び土木、建築、機械器具等の建設・解体・修理工事の請負等を目的とする株式会社(資本金一二億円)であるが、本件当時、本社に営業部門として東部営業部と西部営業部があり、東部営業部の下に千葉営業所があった。また、機工部の下には水島機工課があり、同課には工場設備の据付工事、重量物の輸送等の業務を行うプロジェクトグループとW製鉄水島製鉄所内の設備の補修、整備、これに関する労務管理及び同課の経理・庶務等の業務を行うライングループがあった。

(二)  ○○とYとの間には、橋梁運送等の取引があったところ、平成二年九月中旬ころ、Y千葉営業所長戊野は、○○に対して橋梁架設工事についても請け負いたい旨申し入れるなどしていた。そのため、戊野らと市川工場長己野及び被告人Aとの間で、本件工事の下請をYが行う方向で交渉が行われ、同被告人が戊野に見積りを依頼し、同人は、機工部水島機工課プロジェクトグループ係長春野に見積りを指示した。春野は、二次下請の業者に見積りをさせ、これに基いて、戊野は、平成三年一月二一日ころ、見積金額二九九〇万円を被告人Aに提示した。しかし、同被告人は、本件下請代金の上限を一八〇〇万円であるとして、戊野に再考を促した。そこで、同人は、千葉営業所営業課長夏野に対し、新たに二次下請業者がいないか相談したところ、夏野が株式会社Z工業(以下、「Z」という。)の名を挙げたので、同人に対しZに見積りをさせるよう指示した。夏野は、Zの関係者で知り合いの秋野に対して見積りを依頼し、同人との交渉の結果、現場監督を含めた一括下請を一六〇〇万円でZに発注できるものと考え、その旨戊野に報告した。

ところが、その後、Zにおいては、現場監督を出さず、作業員のみを派遣する契約(作業員常傭契約)を締結する意思しかないことが判明した。そこで、戊野は水島機工課や二次下請業者等に現場監督の手配を試みたが、不首尾に終わった。

このため、戊野は、同月末又は同年二月初めころ、市川工場に赴いて、被告人Aに対し、Yからは現場監督を出せないことを告げたが、同被告人は、本件工事着工の時期が切迫し、新たに下請業者を見付ける時間的余裕がないことから、やむなく戊野の申し出を受け入れ、その結果、本件下請契約においては、Yからは現場監督を出さず、○○が直接工事の監督をし、Yからは作業員の派遣等の連絡調整のための事務担当者を派遣するにとどめることになった。その後、下請金額は一九〇〇万円に決定した。他方、YとZとの間では、作業員一人当たり日当三万円という内容の作業員常傭契約が締結され、Zから同社所属の作業員を出すほか、同社の協力会社である□□工業等からも作業員を出すことになり、また、このため本件現場で使う資機材の調達はYから派遣される事務担当者が担当することになった。

5  本件工事着工の準備から平成三年三月一二日までの状況

(一)  前記のとおり、被告人Aは、当初、本件現場の現場代理人として丙野をあてる予定でいたが、同人を他工区の現場代理人として派遣せざるを得なくなったため、施工計画書上の着工予定日であった同年二月一日を徒過しても未だ現場代理人を選任していなかった。

そのうち、工事部第二工事課課長の被告人Bが現場代理人をしていた阪神高速道路公団高砂工区の工事が予定よりも早く完了したので、被告人Aは、同Bを本件現場の現場代理人として派遣することとし、同月一六日市川工場に戻ってきた同被告人に対しその旨指示した。

被告人Bは、同Aからの指示を受けて、急きょ、設計書、施工計画書等を検討したり、同日予定されていた戊野との打合わせをするなど現場入りのための準備をした後、同月一八日に予定されていた広島市との打合せに合わせ、同日、本件現場に入った。

(二)  戊野は、同月四日ころ、水島機工課主査部長冬野に対し、前記連絡調整のために事務担当者の派遣を要請した。そこで、冬野は、当時同課ライングループに所属していた被告人Dを右の連絡調整役として本件現場に派遣することとし、同被告人にその旨伝えた後、同被告人をプロジェクトグループに配置換えした。なお、戊野は、Zの関係者である秋野と知り合いの夏野を、当座の連絡役として本件現場に派遣することとした。

被告人Dは、春野から本件工事の内容について説明を受けた後、同月一三日広島入りし、現場事務所の手配などをして一旦水島に戻り、同月一八日再び現場入りした。

(三)  被告人Aは、本件下請契約の交渉の過程で、下請であるYから現場監督が出ないことになり、被告人Bだけでは作業員に対する監督態勢が十分とはいえないので、同被告人に補佐を付ける必要を感じた。そこで、当時、山口県内の橋桁架設工事現場に、現場代理人の補佐として派遣されていた被告人Cを、本件現場に派遣することとした。

同月中旬ころ、被告人Aは同Cに電話で、本件現場に二、三日測量に行ってくれるように要請し、同被告人がこれを了承したので、被告人Aは同Bに対してその旨連絡した。その後、同月二四日被告人Bは同Cに電話で、翌日から本件現場に来てくれるように要請し、これに応じて、翌二五日同被告人は本件現場に赴いた。

(四)  本件工事の施工計画は、3(五)記載のとおり業務計画課長丁野によって立案され、平成二年一〇月一〇日ころ、本件工事の施工計画書が作成されたが、当初、丁野が作成した工程表(平成二年一〇月三日付けのもの)によれば、本件工事の工期は平成三年二月一日から同年三月三一日までで、以下の順序によって行われることになっていた。

① 準備工(平成三年二月一日から同月一五日まで)

② 脚昇降設備組立、ガードレール撤去(同月一六日から同月一八日まで)

③ 沓据付(同月一九日から同月二〇日まで)

④ 横移動設備組立(同月二一日から同月二三日まで)

⑤ ベント設備組立(同月二四日から同月二八日まで)

⑥ G1桁の仮架設(同年三月一日から同月四日まで)

⑦ G1桁の横移動降下、横移動設備解体(同月五日から同月六日まで)

⑧ G2桁の仮架設(同月七日から同月一〇日まで)

⑨ 二次部材架設、足場設備組立(同月一一日から同月一七日まで)

⑩ 高力ボルト締付(同月一八日から同月二二日まで)

⑪ ベント設備解体(同月二三日から同月二五日まで)

⑫ 沓溶接(同月二六日から同月二九日まで)

⑬ 添接部の塗装(同月二三日から同月三〇日まで)

⑭ 昇降設備解体、跡片付(同月二八日から同月三一日まで)

しかしながら、実際に着工されたのは、同年二月二〇日であった。

(五)  被告人Bは、前記のとおり、同月一八日広島に赴き、前記広島市建設局の第一建設事務所において、乙野と打ち合わせたが、その際、同人から、早く現場に入るよう督促され、かつ、○○広島営業所長印のある修正工程表を提出するように指示された(被告人Bは、同月二七日第一建設事務所で行なわれた工程会議の際に修正工程表を提出した。)。その後、被告人Bは、同D、夏野、秋野と会い、今後の工事の進行について打ち合わせた。同月一九日被告人B、同D及び夏野は、本件現場に行き、現場事務所を決めるなどした。翌二〇日被告人Bは、市川工場に出社し、同Aに対して本件現場の作業環境の悪さや作業の困難さを訴え、測量の手配を急ぐよう要請した。同日、昇降設備用の資材が本件現場に搬入され、同月二一日秋野の指示により△△工業の作業員を使って昇降設備の組立てが行われた。同月二五日X測量によって、本件現場の測量が行われ、被告人Cも本件現場に応援に来た。同年三月五日及び六日G1桁を構成する各ブロックが本件現場に搬入され、上架された。その後、同月一二日までには足場組立、キャンバー調整、GI桁の高力ボルト締付等の作業が行われた。

(六)  本件工事の着工当初、作業員が現場に来ないという事態が続き、しかも、Zから派遣された作業員は橋梁架設工事についての知識・経験に乏しい者が多く、派遣される作業員の顔触れも頻繁に変わっていた。Zの秋野は橋梁架設工事の経験が豊富で作業員らを指揮・監督できる能力があったが、他の工事現場も受け持っていたため本件現場に常駐しなかった。これらの事情から、本件工事は順調には進捗しなかった。

そのため、被告人Bや同Cが作業員を直接指揮して作業をさせるだけでなく、自ら作業を行いつつ作業員に対して作業方法を教えるなどして工事を進めており、このような状況について、被告人Bは電話で同Aに報告し、同被告人も右のような現場の状況を了知していた。

なお、本件現場においては、労働者名簿が作成されておらず、○○もYやZに対して、労働者名簿の作成提出方を要請しなかった。さらに、本件現場では、Zから現場の責任者として派遣されている甲田が、作業員に対して配置を指示し、作業が開始されるというのが常態であり、作業員全員を集めて、ラジオ体操、KY活動(危険予知活動)等を行う朝礼は行われていなかった。

(七)  被告人Dは、当初、同Bや同Cの指示を秋野や作業員に伝えたり、資材の運搬等の作業に従事していたが、同月七日ころからは、被告人Bから吊り足場及び朝顔(資材等の落下防止作業用の囲い)設置作業について指揮・監督を任されるようになった。

被告人Dや夏野は橋梁架設工事の経験がないことから、資材の発注にあたって種類、数量を誤ることがあった。そのため、例えば、ベント材の調達ができず、山留鋼で代用せざるを得ない状況になり、その点を乙野から指摘された。また、甲田も橋梁架設工事の経験がなかった。

(八)  本件現場において、ジャッキ架台等に使用されていた一〇〇ミリH鋼(幅及び高さ一〇〇ミリメートル、長さ五〇〇ミリメートルのもの)には、補強板(リブ)が溶接されていないことから、鉛直方向からの荷重には相当の耐荷力を有するが、荷重の方向が偏心すれば、その耐荷力は減少し、変形するおそれがあった。本件現場においても、当初、被告人Bは同Dにリブが溶接されたH鋼(以下、「リブ付きH鋼」という。)を調達するよう指示したが、リース会社にリブ付きH鋼がなかったので、そのままリブが溶接されていないH鋼(以下、「リブなしH鋼」という。)を使用し、本件事故までに本件現場でリブ付きH鋼が使用されることはなかった。

6  平成三年三月一三日のG1桁の横移動作業の状況

(一)  被告人Aは、同Bから本件工事が工程表どおりに進んでいないとの報告を受けていたことから、同月一二日他工区の現場に出張した機会に、本件現場を視察することとした。被告人Aは、同日午後四時ころ本件現場に着き、現場を概観し、○○の現場事務所で同Bから工事の状況について説明を受けた。その後、被告人Aは、同B、同Cと飲酒したが、その席上で同Bが同Aに、本件工事の事前準備及びYの対応が不十分で、作業員の技量も未熟であるなどの話をした。

(二)  翌一三日午前八時三〇分ころ、横移動作業のための準備作業が開始され、まず、被告人Cと秋野が作業員を指揮して、横移動用レール上に置かれたG1桁をジャッキアップして、チルタンクを取り付けた。被告人Bは、同A、同Dの助力を得てG1桁が仮置きされている位置から五六二センチメートル南側の横移動最終地点まで右レール上に一〇センチメートル毎に印を付けるなどの準備作業を行った。

右準備作業終了後、被告人Bは、本件現場の北側にあるヤマサキデイリーストア前に作業員を集め、横移動作業を開始するにあたっての概括的な注意を行った後、秋野が作業員の配置を告げた。横移動作業において、被告人Bは全体の監督に当たり、西側橋脚では同Aが、中央橋脚では秋野が、東側橋脚では同Cがそれぞれ作業員を指揮・監督し、秋野の合図でG1桁の横移動を開始した。このとき、被告人Bは、同Dに対して、横移動作業中に本件現場北側の道路に車両が侵入しないように地上で交通整理をするように命じた。

横移動作業は昼休みをはさんで行われ、途中、中央橋脚用の沓を取り付ける作業を行った上、G1桁が最終目標地点付近に到着したことから、午後三時ないし三時三〇分ころ終了した。その時点でのG1桁の位置は、東側橋脚では最終目標地点であったが、西側橋脚では最終目標地点よりも約二〇ないし三〇ミリメートル手前であった。

なお、横移動作業中、橋桁が暴走して橋脚南側路上に転落することを防ぐために、G1桁にはおしみワイヤーが同桁北端にチェーンブロックを介して取り付けられていた。

(三)  G1桁横移動作業終了後、被告人Cは、チルタンクや横移動用レールを撤去してG1桁を仮置台に仮置きするために、東側橋脚上で同桁の南北下方にそれぞれ架台を組んでジャッキを設置し、同桁をジャッキアップしてチルタンクを外した。ところが、レール等を橋脚下に下ろすために必要なクレーンが他の作業に使われており東側橋脚に来るまでに時間を要する状況であったことから、同被告人は、東側橋脚上での作業をそのままにして、西側橋脚に移動し、作業員に手伝わせながら東側橋脚で行ったのと同様の方法でチルタンク、横移動用レールを撤去し、それらをクレーンで地上に降ろした。中央橋脚における作業は秋野が作業員を指揮して行った。なお、右レールの撤去に伴っておしみワイヤーも撤去されたため、翌日の降下作業までの間、G1桁には転倒防止の措置はなく、右仮置きのままの状態であった。

7  平成三年三月一四日のG1桁の降下作業の状況

(一)  同月一三日の横移動作業終了時点において、被告人Bは、同Cに対して、翌日の降下作業の指揮・監督をするよう指示したが、降下作業におけるジャッキ架台の設置位置・組み方、ジャッキヘッドを当てる下フランジの位置・方法及び転倒防止ワイヤーの設置等について具体的な指示は全く行われなかった。また、被告人Cにおいても右の点について何ら同Bに指示を求めなかった。

翌一四日被告人Cは、まず、ベント移動作業に備えてベントの各部を万力で締め付けて補強する作業を行い、その作業が午前一〇時ころに終わった後、橋桁の高さを設計値どおりにするために、調整プレートを沓の下に設置する作業が行われた。また、地上に置かれていた合板等の資材が、ベント移動作業の妨げになるのでG1桁上に載せられたが、右資材の全重量は約七トンであった。

また、前日の横移動作業終了時点で、被告人D、夏野及び甲田が翌一四日の作業予定を話し合った際、同日から××工業の作業員も本件現場に派遣される予定であり、作業員が余る事態が予想されたため、被告人Dは、甲田に対し、同日は吊り足場の手直し作業をするように指示した。そのため、一四日にはZの作業員である乙田らによってG1桁の降下作業と並行して吊り足場での作業が行われ、朝顔も全部南側に開いた状態になっていた。

(二)  調整プレートの設置作業は、被告人Cが、□□工業から派遣された作業員である丙田、丁田、戊田、己田を指揮・監督して行った。右作業は、西側橋脚、中央橋脚、東側橋脚の順序で行われたが、その際、仮置台とともにG1桁の支点となっていた各橋脚上のジャッキは、調整プレート設置作業の妨げになるので外された。

被告人Dは、西側橋脚及び中央橋脚上で、調整プレート設置作業を手伝った。被告人Cは、調整プレート設置作業の途中から右作業を作業員丙田らに任せ、ベント移動作業を監督するために一旦橋脚を降り、本件現場において一番西側に移動されたベント(以下、これを「西側ベント」又は「B3」といい、その他のベントについても同様にその設置位置に応じて、「東側ベント」又は「B1」、「中央ベント」又は「B2」という。)を移動した。そのころ、被告人Bは現場に出てきて、ベントの移動位置の印付け(マーキング)等を行っていた。同日午前一一時ころ被告人Cは、西側ベントの移動作業を終え、東側橋脚上で待機している右作業員らを見て、調整プレート設置作業が終わったことを知って降下作業を始めることにし、東側橋脚上に上がり、作業員丙田らに降下作業を開始する旨指示し、自らG1桁の北側下方にジャッキ架台を組み立ててジャッキを設置した。それに倣って、丙田が同南側下方にジャッキ架台を組み立ててジャッキを設置した。そのとき、被告人Bが降下作業開始前に各橋脚上の降下量を写真撮影するために東側橋脚上に来たので、被告人Cも同Bに付いて各橋脚上において、降下量の写真撮影を行った。その後、被告人Bは地上に戻り、同Cは再度東側橋脚上に戻った。しかし、間もなく、被告人Cは、中央ベントの移動作業を監督する者が見当たらず、同作業が気になったことから、被告人Dや右作業員らに降下作業を任せて、中央ベントの移動作業現場に行った。

(三)  東側橋脚上にいた右作業員らのうち、丙田は鳶の経験が長く、地上でのジャッキ作業を行ったことはあったが、高所での重量物のジャッキ作業を経験したことはなかった。丁田及び戊田は、本件当時、鳶になって一年に満たず、本件現場に派遣されるまで橋梁架設工事の経験も重量物のジャッキ作業の経験もなかった。己田は約五年鳶の経験があったが、平成二年一〇月に□□工業に入社後は橋梁架設工事の経験及びジャッキ作業の経験はなかった。丁田、戊田は同月七日から、己田は同月一三日から、本件現場での作業に従事していたが、丙田は事故当日初めて本件現場での作業に加わった。そして、これらの作業員はいずれも被告人B又は同Cからジャッキ作業や降下作業における作業方法や危険性についての説明を受けたことはなかった。他方、被告人B及び同Cにおいて、作業員の技量が未熟であることは認識していたが、各作業員がどの程度の技量・経験を有するのかについて、十分に確認したことはなかった。

(罪となるべき事実)

被告人Aは、○○の市川工場橋梁工事部長として、同会社が施工する橋梁架設工事について、同部内を統括し、架設計画の決定、現場代理人の選任、現場代理人による安全管理等に対する指揮・監督等の業務に従事していたもの、被告人Bは、同部に所属し、本件工事の現場代理人として、同工事の施工方法の決定、作業員の指揮・監督、安全管理等の業務に従事していたもの、被告人Cは、同部に所属し、同工事の施工について、被告人Bを補佐し、その指示に基づく同施工方法の検討、作業員の指揮・監督、安全管理等などの業務に従事していたものであるが、平成三年三月一四日、広島市安佐南区上安二丁目二九番三号先の県道高陽沼田線上の本件工事現場において、東側橋脚、中央橋脚及び西側橋脚の各天端の南端付近の仮置台上に置かれているG1桁(重量約58.5トン。当日、これに取り付けられた沓、吊り足場等の重量を合計した総重量は約七四トン)を各橋脚天端に設置するに際し、東側橋脚、中央橋脚、西側橋脚の順に、G1桁南側下方及び北側下方の各橋脚天端上にH鋼等で架台を組み、その上にジャッキを設置し、そのジャッキヘッドをG1桁の下フランジに当て、同ジャッキを操作してG1桁を押し上げ、右仮置台を組み替えるなどしてその高さを下げ、再度同ジャッキを操作して同仮置台上に降下させ、これを反復して行うことにより、G1桁を東側橋脚で約四〇五ミリメートル、中央橋脚で約二三〇ミリメートル、西側橋脚で約二九八ミリメートル降下させようとしたのであるが、G1桁は南側に膨らんだ曲線状であるとともに上フランジが南側に張り出した逆台形の断面形状であって、その南側には朝顔が設置されていたこと等により、重心が南側に偏っていたため、G1桁南側を支持するジャッキ及びその架台に大きな荷重がかかり、ウェブ線あるいはダイアフラム線以外の下フランジ部分にジャッキヘッドを当てた場合には、右荷重によりその部分が凹損し、同ジャッキ及びその架台が挫屈・倒壊する危険があり、また、西側橋脚においては、G1桁南側ウェブ線が同橋脚南端とほぼ同一鉛直線上にあったため、G1桁南側を支持するジャッキヘッドを同ウェブ線に当てるためには、同橋脚天端南端部に設置したジャッキ架台の基部となるH鋼の中心から、その上部に設置したH鋼及びジャッキの中心を南側に偏心させて設置するほかなく、そうすると同ジャッキ及びその架台が右荷重に耐えられずにやはり挫屈・倒壊する危険があり、さらに、西側橋脚では、ダイアフラム線下付近の天端には沓座、仮置台及び橋脚回り足場用の単管が置かれ、ジャッキ架台を設置する余地が少なく、安定した架台を設置するのが困難な状況にあったため、ジャッキ架台の設置位置・組み方、ジャッキヘッドを当てる下フランジの位置・方法等のいかんによっては、南側ジャッキ及びその架台が前記のとおり挫屈・倒壊して、G1桁等が車両交通の頻繁な橋脚南側路上に転落する危険があったところ、

第一  被告人Aは、同月一三日、本件工事現場において、西側橋脚上でG1桁の横移動作業を指揮・監督し、G1桁南側ウェブ線が同橋脚南側とほぼ同一鉛直線上にある上、同天端南端付近には沓座、仮置台、橋脚回り足場用の単管が置かれ、降下作業のためのジャッキ架台を適切に設置しにくい状況を認識し、かつ、翌一四日に予定された降下作業においても、ジャッキ架台用資材として鉛直方向以外からの荷重に弱いリブなしH鋼を使用するのみならず、G1桁が南側に転落することを防止するための転倒防止ワイヤーを設置しないままで降下作業を行うことを予想し得たのであるから、被告人Bに降下作業の作業計画を確認し、同被告人に対して、適切なジャッキ及びその架台の設置方法、転倒防止ワイヤーの設置を検討するよう指示すべき業務上の注意業務があるのにこれを怠り、同被告人に対して何らの指示もせず、漫然、降下作業を行わせた過失、

第二  被告人Bは、降下作業を実施するに当たり、予め橋脚上の状況を検討し、ジャッキ架台の設置位置・組み方、ジャッキヘッドを当てる下フランジの位置・方法等の作業計画を検討し、かつ、転倒防止ワイヤーを設置した上、自ら同計画に基づいて降下作業を指揮・監督するか、被告人Cに降下作業の監督を行わせる場合には、同被告人に対し、右計画の内容を具体的に指示して降下作業の指揮・監督に当たらせるべき業務上の注意義務があり、また、同月一四日の降下作業開始後、被告人Cが同Dや作業員らに降下作業を任せたまま自らは指揮・監督に当たっていないことを知ったのであるから、被告人Cをして降下作業の現場に復帰させ、その指揮・監督の下に降下作業を行わせるべき業務上の注意義務があるのにこれらを怠り、右作業計画を検討することなく、転倒防止ワイヤーを設置しないまま、同月一三日、被告人Cに対して漠然と降下作業を指揮・監督するよう指示したのみで、同被告人に対しジャッキ及びその架台の設置方法等具体的な指示をしなかった上、同月一四日午前一一時過ぎころ、被告人Cにおいて、橋桁等重量物の降下作業について十分な知識がなく、したがって監督者なしでは同作業を適切に遂行する能力がない被告人D及び作業員丙田らに同作業の遂行を任せ、被告人C自らが同作業の指揮・監督をしていないことを知りながら、これを放置し、自らもその指揮・監督をせず、漫然、作業員丙田らに降下作業を続行させた過失、

第三  被告人Cは、同月一三日、被告人Bから、漠然と降下作業を指揮・監督するよう指示されたのであるから、ジャッキ架台の設置位置・組み方、ジャッキヘッドを当てる下フランジの位置・方法等ジャッキ作業の問題点について同被告人の注意を喚起すべくジャッキ作業の具体的内容等について同被告人に指示を求め、転倒防止ワイヤーの設置を同被告人に進言し、かつ、降下作業に際しては、自ら作業員らを指揮・監督して適切にジャッキ及びその架台を設置して降下作業を行うべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然、同被告人に何ら指示を求めることも、転倒防止ワイヤーの設置を進言することもせず、かつ、同月一四日午前一一時過ぎころ、東側橋脚上において降下作業を開始するに際し、橋桁等重量物の降下作業について十分な知識がなく、したがって監督者なしでは同作業を適切に遂行する能力がない被告人Dおよび作業員丙田らに対し、一〇〇ミリメートルずつ東側橋脚からG1桁を降下すべき旨の指示をしたのみで、監督者のないまま、同被告人にその監視(連絡役を兼ねた見張り)を依頼し、同被告人を単なる監視役として作業員丙田らに降下作業を行わせ、右作業現場を離れて、指揮・監督をしなかった過失、

が競合したことにより、同月一四日午後二時五分ころ、西側橋脚天端において、作業員丙田をして、北側に一基、南側に二基のジャッキ架台を設置してジャッキを置かせるにあたり、南側二基のジャッキのうち、南西側ジャッキについては、H鋼を井桁状に二列三段に組んだ架台の上にジャッキを置き、ジャッキヘッドをG1桁南側ウェブ線に当てたものの、同ジャッキ及びその架台を同架台基部のH鋼より南側に偏心させて耐荷力の弱い状態で設置させ、南東側ジャッキについては、H鋼を一列三段に重ねた架台の上にジャッキを置き、そのジャッキヘッドを補強のない下フランジに当てる状態で設置させ、各ジャッキを操作してG1桁を押し上げた際、同下フランジ部分が凹損して南東側ジャッキを傾斜させたこと等から、両ジャッキ架台にかかるG1桁等の荷重が不均等になり、いずれかのジャッキ架台にかかる右荷重が、その耐荷力を超えたことにより両ジャッキ架台をほぼ同時に倒壊するに至らせ、G1桁を南方向に半回転させながら吊り足場上及び西側橋脚回り足場上において作業中であった作業員乙田ら別紙(一)死亡者一覧表(1)ないし(5)、別紙(二)負傷者一覧表(1)ないし(3)記載の者八名もろとも橋脚南側路上に転落させ、右路上において信号待ちのため停止していた春田運転の普通乗用自動車など自動車一一台を押しつぶすなどし、よって、別紙(一)記載のとおり、乙田ら一五名を各死亡させ、別紙(二)記載のとおり、夏田ら八名に各傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)<省略>

(事実認定の補足説明)

第一  本件事故発生の機序

当裁判所が、前記罪となるべき事実記載のとおりの本件事故発生の機序を認定した理由を補足して説明する。

関係証拠によれば、以下の事実が認められる。

一  平成三年三月一四日に行われた各橋脚上の降下作業

1 東側橋脚上の状況

(一) 同橋脚上の各仮置台及びジャッキ架台の位置及び構造は以下のとおりである。

① 同橋脚南側仮置台(以下、E1という。)

同橋脚南端から北へ約四一センチメートル、同西端から東へ約五センチメートルの付近に、二五〇ミリH鋼(幅及び高さ二五〇ミリメートル、長さ五〇〇ミリメートルの箱型の鋼材)一段を設置し、その上に一〇〇ミリH鋼(幅及び高さ一〇〇ミリメートル、長さ五〇〇ミリメートル)二列三段を井桁状(一段ごとに鋼材を直角に交差させる形状)に組み、さらにその上にライナー(架台の高さを調整するための鋼製板)数枚を載せたもの

② 同橋脚北側仮置台(以下、E2という。)

同橋脚南端から約一九〇センチメートル北に位置する落橋防止装置の上に、二五〇ミリメートルH鋼一段を載せ、その上に一〇〇ミリH鋼二列一段を載せ、さらにその上にライナー数枚を載せたもの

③ 同橋脚南側ジャッキ架台(以下、JE1という。)

同橋脚南端から北へ約五五センチメートル、同西端から東へ約六三センチメートルの付近を中心に、一〇〇ミリH鋼二列三段を並列に組み、その上にライナー一枚を載せてジャッキを設置したもの

④ 同橋脚北側ジャッキ架台(以下、JE2という。)

同橋脚南端から北へ約一九七センチメートル、同西端から東へ約五九センチメートルの付近を中心に、一〇〇ミリH鋼二列一段を組み、その上にライナー一枚を載せてジャッキを設置したもの

⑤ E1の北側のジャッキ架台(以下、JE3という。)

同橋脚南端から北へ約八六センチメートル、同西端から東へ約二七センチメートルの付近を中心に、一〇〇ミリH鋼二列三段を並列に組み、その上にライナー一枚を載せてジャッキを設置したもの

(二) 同橋脚上の降下作業の状況は以下のとおりである。

同日午前一一時ころ、被告人Cの指示で同橋脚上において降下作業が開始された。JE2の架台は被告人Cが組み、JE1の架台は丙田が組んだ。しかし、前記のとおり、被告人Cがベント移動作業の監督をするため同橋脚上から降りた後は、丙田が他の作業員を主導する形でジャッキアップしたが、JE1のジャッキが上がらなかったことから、JE3のジャッキを追加してジャッキアップし、各仮置台を組み替えて、G1桁を一〇センチメートル降下させ、E1とE2に仮置きした。JE1とJE2のジャッキはそのままで、JE3のジャッキは中央橋脚において使用するため外された。

したがって、G1桁転落直前、同橋脚上では、G1桁の荷重は、主にE1とE2の仮置台によって支えられ、JE1とJE2の各ジャッキがこれらを補助していた。

2 中央橋脚上の状況

(一) 同橋脚上の各仮置台及びジャッキ架台の位置及び構造は以下のとおりである。

① 同橋脚南側仮置台(以下、C1という。)

同橋脚南端から北へ約二〇センチメートル、同西端から東へ約一〇センチメートルの付近に、二五〇ミリH鋼一段を設置し、その上に一〇〇ミリH鋼二列二段を井桁状に組み、さらにその上にライナー数枚を載せたもの

② 同橋脚北側仮置台(以下、C2という。)

同橋脚南端から北へ約八〇センチメートル、同西端から東へ約一〇センチメートルの付近に、二五〇ミリH鋼一段を設置し、その上に一〇〇ミリH鋼二列二段を井桁状に組み、さらにその上にライナー数枚を載せたもの

③ 同橋脚南東側ジャッキ架台(以下、JC1という。)

同橋脚南端から北へ約一八センチメートル、同西端から東へ約一三一センチメートルの付近を中心に、一〇〇ミリH鋼二列二段を並列に組み、その上にライナー数枚を載せてジャッキを設置したもの(なお、検四二号には、JC1は一〇〇ミリH鋼の間にライナーを挟んで、H字型のまま使用したとの記載があるが、右のような認定に至った根拠が明確でなく、また、これはH鋼の使用方法としては特殊というべきところ、丙田ら関係者の供述中にはこのような方法で使用したとの明確な供述はないことからすると、検二一号に記載された位置、構造の方が信用できる。この点は、後述のJC2も同様。)

④ 同橋脚南西側ジャッキ架台(以下、JC2という。)

同橋脚西端から東へ約二七センチメートルの同橋脚南端付近に、一〇〇ミリH鋼二列一段を東西方向に設置し、その上に同じく一〇〇ミリH鋼二列一段を、その東端をやや北にずらした形で載せ、さらにその上にライナー数枚を載せてジャッキを設置したもの

⑤ 同橋脚北西側ジャッキ架台(以下、JC3という。)

同橋脚南端から北へ約一二九センチメートル、同西端から東へ約八七センチメートルの付近を中心に、一〇〇ミリH鋼一列二段を並列に組み、その上にライナー数枚を載せてジャッキを設置したもの

⑥ 同橋脚北東側ジャッキ架台(以下、JC4という。)

同橋脚南端から北へ一一五センチメートル、同西端から東へ約一五七センチメートルの付近を中心に、一〇〇ミリH鋼二列三段を井桁状に組み、その上にジャッキを設置したもの

(二) 同橋脚上の降下作業の状況は以下のとおりである。

同日、昼食後の午後一時ころ、同橋脚上で降下作業が開始された。ここでも、丙田が主導的に作業を進め、ジャッキ架台はいずれも丙田によって組まれた。当初、JC1ないしJC3のジャッキでジャッキアップしたところ、ジャッキが重くて上がらなかったことから、JC4のジャッキを追加してジャッキアップし、各仮置台を組み替えて、G1桁を一〇センチメートル降下させ、C1とC2に仮置きした。JC1ないしJC3のジャッキはそのままで、JC4のジャッキは外された。

したがって、G1桁の転落直前、同橋脚上では、G1桁の荷重は、主にC1とC2の仮置台によって支えられ、JC1ないしJC3の各ジャッキがこれらを補助していた。

3 西側橋脚上の状況

(一) 同橋脚上の各仮置台及びジャッキ架台の位置及び構造は以下のとおりである。

① 同橋脚南側仮置台(以下、W1という。)

同橋脚南端から北へ約一八センチメートル、同東端から西へ約三センチメートルの付近に、二五〇ミリH鋼一段を設置し、その上にライナーを載せ、さらにその上に一〇〇ミリH鋼二列二段を並列に組み、さらにその上にライナー数枚を載せたもの

② 同橋脚北側仮置台(以下、W2という。)

同橋脚南端から北へ約一三五センチメートル、同西端から東へ約一三四センチメートルの付近に、二五〇ミリH鋼一段を設置し、その上にライナー一枚を載せ、さらにその上に一〇〇ミリH鋼二列二段を並列に組み、さらにその上にライナー数枚を載せたもの

③ 同橋脚南東側ジャッキ架台(以下、JW1という。)

同橋脚西端から東へ約一五五センチメートルの同橋脚南端付近に、一〇〇ミリH鋼一列三段を並列に組み、その上にライナー一枚を載せてジャッキを設置したもの

④ 同橋脚南西側ジャッキ架台(以下、JW2という。)

同橋脚西端から東へ約一〇五センチメートルの同橋脚南端に、一〇〇ミリH鋼二列一段を東西方向に設置し、その上に同じく一〇〇ミリH鋼二列一段を井桁状に載せ、さらにその上に同じく一〇〇ミリH鋼二列一段を井桁状に、南側にずらした形で載せ、さらにライナー一枚を載せ、その上にジャッキを南側にずらして設置したもの

⑤ 同橋脚北側ジャッキ架台(以下、JW3という。)

同橋脚南端から北へ約一四センチメートル、同西端から東へ約一〇七センチメートルの付近を中心に、一〇〇ミリH鋼二列三段を井桁状に組み、その上にライナー一枚を載せてジャッキを設置したもの

(二) 同橋脚上の降下作業の状況は以下のとおりである。

同日午後二時ころ、同橋脚上での降下作業が開始された。ここでも、丙田が主導的に作業を進め、ジャッキ架台はいずれも丙田によって組まれた。当初、JW2とJW3のジャッキでジャッキアップした。右のジャッキはいずれもG1桁のウェブ線に当たっていたが、JW2のジャッキの中心線は同架台一段目南側の一〇〇ミリH鋼の中心線よりも更に南側に来ていた。右の二つのジャッキでは重くて上がらなかったことから、JW1のジャッキを追加してジャッキアップした。この時、JW1のジャッキはG1桁のウェブ線に当たっていなかった。W1とW2のように各仮置台を組み替えて、降下量を測っているときに、G1桁が同橋脚南側路上に転落した。

二  G1桁転落の経過

1 降下作業時のG1桁の状況

G1桁の重量は自重約58.5トンで、これに沓一基の重量を加えると約59.5トンになる。さらに、G1桁には、吊り足場、朝顔、スタンション等の作業用機材が取り付けられており、これらの合計量は約7.2トンになる。さらに、降下作業時には、足場板や単管パイプなどの資機材約6.9トンがG1桁上に載せられていた。したがって、降下作業時に各支点にかかる総重量は、約七四トンであった。

当日、降下作業と並行して吊り足場の足場板の穴埋め作業が行われ、朝顔は全部南側に開いた状態であった。

2 G1桁転落の機序

先に認定した事故前の各橋脚上の仮置台及びジャッキ架台の状況に加えて、事故後の各橋脚上の状況、使用された資機材の損傷・変形の状況及び検四二号の各実験・解析の結果等を検討すると、以下のようなG1桁転落の機序が認められる。

西側橋脚上において、ジャッキアップした時点で、右のG1桁の総重量を支えていたのは、西側橋脚のJW1ないしJW3の三基のジャッキ架台と、C1、C2、E1、E2の各仮置台である。このうち、JW1とJW2以外の各支点は、前記各橋脚上の仮置台及びジャッキ架台の設置状況に照らして、その支点に作用する力(支点反力)に比して十分な耐荷力を有していた。

そこでJW1とJW2の二基のジャッキ架台の耐荷力が問題となる。前記認定した構造でのJW1の耐荷力は、偏心量(荷重中心と一〇〇ミリH鋼のウェブとの距離)及び偏軸量(荷重中心と一〇〇ミリH鋼の長さ方向の中心との距離)の変化に応じて概ね約一六トンから約一二トン程度であり、JW2の耐荷力は同様に約一五トンから約一〇トン程度であったと考えられる。他方、JW1とJW2を五ミリメートルジャッキアップしたときの鉛直方向の支点反力の合計(鉛直合支点反力)は、19.7トンであった。したがって、両支点がほぼ等しい支点反力を分担するようにジャッキアップされれば、右のJW1とJW2の耐荷力で十分であった。しかしながら、複数の機械式(ジャーナル)ジャッキを均等にジャッキアップすることは極めて困難であり(殊に、本件でジャッキ作業をした作業員がいずれもジャッキ操作に慣れていないことから、右のように均等にジャッキアップすることはできなかったと考えられる。)、しかも、ジャッキアップに応じてそれぞれのジャッキヘッドの当たっている下フランジの変形(検一二号によると、JW1のジャッキヘッドが当たっていた下フランジ部分に深さ約0.5センチメートルの凹損が認められる。)によって、それぞれが負担する支点反力に違いが生じた。加えて、作業員の移動、風荷重の変化により、G1桁が揺動し、各支点の鉛直方向からの反力も変化していた。そのため、JW1及びJW2のいずれかにかかる支点反力がその耐荷力に極めて近かったところ、反力のわずかな変動により、突然その耐荷力を超える事態が生じた。そして、いずれかの支点が失われて、反力を分担しなくなり、いずれも単独ではその支点反力を支えきれず、JW1とJW2はほぼ同時に挫屈・倒壊した。さらに、右両ジャッキ架台の挫屈・倒壊によって、G1桁の荷重はJW3、C1、E1の三点にかかるが、右の倒壊によってG1桁が傾斜し始め、傾斜に伴い各支点の下フランジとの接点に変化が生じたことから、G1桁は極めて不安定な状態になり、右三点の耐荷力とは無関係に回転を続けて、右三点の支点上を滑り、それらを倒壊させながら、西側から見て橋軸回りに右方向に半回転して、橋脚南側路上に転落した。

第二  広島新交通システムにおける他工区の工事の状況

広島新交通システム建設工事においては、○○が担当した本件現場以外にも、多数の業者によって同様の橋梁架設工事が行われていた。そこで、被告人らの過失を検討するに当たり、他工区の工事の状況を概観する。

本件事故当事、本件現場の東方で橋梁架設工事を施工していた◇◇株式会社(以下、「◇◇」という。)の工事の状況は以下のとおりである。

◇◇の担当する現場(第五工区その三)の工事は、○○と同じく広島市から発注されたものであり、工事監理者も同じく前記広島市建設局の第一建設事務所であった。右工区の橋桁架設工事の工期は、平成三年一月一五日から同年三月三一日までであった。右橋桁は長さ約九〇メートル、上部幅が1.94メートル、下部幅が1.71メートルの逆台形の断面形状をしており、駅のホーム桁に接続するため外側に膨らみをもった形状をしていた。作業現場は○○と同様、地上から約一〇メートル程度の高さの橋脚上であり、橋脚の北側は通行止めにして作業資材を置いていたが、南側は対面通行で一般車両の通行の用に供されていた。

◇◇では、右工事を受注後、同社工事部計画課において広島市の発注図に基づいて施工計画書を作成した。右工区においても、横取り降下工法を採用したが、施工計画書には、降下作業時、転倒防止ワイヤーを設置することと記載されていた。なお、現場代理人秋田は施工計画段階において、橋桁が橋脚の南端近くに来ることを認識しており、ジャッキヘッドをウェブ線に当てることが困難であることも理解していた。また、横移動用レールの設置箇所についても施工計画段階で検討していた。

右工区での下請は、◇◇の専属下請である**工業株式会社であり、同会社から橋梁架設工事の経験が豊富な世話役(下請の責任者)が出るとともに、作業員が持っている資格・技能が明記された労働者名簿が、作業開始前秋田に提出された。

◇◇の現場では、最初に、現場に入ってきた作業員を集めて入社教育を行った。各作業の前日には、秋田と世話役との間で翌日の作業の打合せを行い、作業当日も秋田が朝礼を主宰し、具体的な作業内容の説明は世話役が作業員に行い、作業員全員で危険予知活動を行った。また、右工区で使う資機材は下請の右**工業が調達した。さらに、右工区でジャッキ架台等にはいずれもリブ付きH鋼が使用され、それらを二段以上積み上げて使用するときにはボルトで固定した。ジャッキは一〇〇トンの油圧ジャッキを使用した。横移動作業及び降下作業の際には現場代理人である秋田が同作業全体を監督するのみならず、ジャッキヘッドがウェブ線やダイアフラム線に当たっているか否かについても秋田自身が確認していた。

なお、横移動作業に際しては、橋脚北側から橋桁を架設し、3.5メートル南へ横移動し、所定の位置まで残り三〇センチメートルというところで、右**工業の世話役から、ジャッキで受けるところがない旨の連絡が入ったので、秋田が確認したところ、橋脚と橋桁の各南端が概ね同一鉛直線上にあることが分かったので、秋田はより安全な工事を行うために連結降下工法に変更して架設した。

その他の工区においても、ジャッキ架台にリブ付きH鋼が使用され、降下作業においては転倒防止ワイヤーが設置されていた。また、横移動作業や降下作業など比較的規模の大きい作業においては、現場代理人又は現場代理人から指示を受けた現場監督等がジャッキの位置等を確認した上で作業が進められた。

第三  被告人A、同B及び同Cの過失について

一  右各被告人らの弁護人(以下「被告人Aらの弁護人」という。)の主張

被告人Aらの弁護人は、被告人A、同B及び同C(以下「被告人三名」という。)のそれぞれの過失について多岐にわたる主張をしているが、その帰するところは、概ね以下のように集約することができる。

1 被告人三名共通の主張―転倒防止ワイヤーの不設置について

本件のように橋桁の降下量が少なく、降下作業も短時間で終了する場合は、転倒防止ワイヤーを設置する必要性はないから、被告人三名にはこれの設置に関する義務はない。

2 同―被告人Dの地位及び降下作業に関する指揮・監督能力について

本件工事の下請であるYから派遣された被告人Dは、本件現場の現場監督であって、降下作業を指揮・監督する能力を有していた。

3 被告人Aの過失についての主張

(一) 検察官は、被告人Aには、本件工事の施工計画の立案、施工計画書の作成に関し、工事の危険性を認識し、安全な降下作業方法を決定すべき注意義務があったのに、同被告人はこれを放置し、右義務を果たさなかったとする。

しかしながら、施工計画書作成時、被告人Aの所属する市川工場橋梁工事部には本件橋脚に関する資料は送られてきていなかったから、○○が架設する予定の橋桁とこれが架設されることになる橋脚との取り合い(接合)関係について、被告人Aが微細な状況を知悉することは不可能であった。のみならず、当時、右工事部業務計画課長であった丁野及びそのころ、本件橋桁架設工事現場の現場代理人に予定されていた丙野においても、本件橋桁の設計図だけを見て、本件橋桁架設工事の特殊事情即ち橋桁と橋脚南端との特殊な位置関係のために、橋桁の降下作業の際、ジャッキヘッドをウェブ線に当てられなくなることに気付く余地がなかった。

したがって、右両名の上司で決裁者にすぎない被告人Aには、施工計画書作成時、本件橋桁架設工事の危険性、橋桁転落を予見する可能性がなかった。

(二) 被告人Aは、平成三年三月一三日本件現場において本件橋桁の横移動作業に関与したが、

(1) 同被告人は、短時間、右作業を手伝ったにすぎないから、橋桁と橋脚との取り合い関係、西側橋脚天端部分の状況、リブなしH鋼のみが使用されていること等、検察官が指摘するような状況を認識していたかどうか疑わしいから、この時点において、後に本件橋桁が転落することについての予見可能性はない。

(2) ○○の職務権限規定の解釈運用上、工事現場においては、現場代理人が会社を代表し、現場作業の実行管理を一任されているから、現場代理人の権限と工事部長の権限とが抵触することはなく、現場代理人である被告人Bが工事現場にいる限り、工事部長である被告人Aの権限と義務はその範囲で限定されているものである。したがって、被告人Aは安全パトロールをするため本件現場に来て、短時間滞在したとしても、同被告人の権限と義務は被告人Bのそれを超えるものではない。そうすると、被告人Aには公訴事実に記載されたような指示を同Bにすべき義務はない。

4 被告人Bの過失についての主張

被告人Bが、本件橋桁の降下作業の指揮・監督を被告人C、さらには同Dに任せるにつき、ジャッキ架台の設置位置・組み方、ジャッキヘッドを当てる下フランジの位置・方法等について具体的な指示をしなかったのは被告人Bの不注意であるが、それは、同Cには降下作業の指揮・監督能力があったからであり、また、同被告人が被告人Dに作業を任せたまま放置しているのを知り、同Cに何らの指示も与えなかったのは、同Dにも指揮・監督能力があると考えたからである。そして、本件事故発生の直接の原因は作業員丙田の非常識な作業によるものである。

5 被告人Cの過失についての主張

被告人Cは、平成三年三月一三日の本件橋桁の横移動作業を終えて、横移動装置を取り外した後、西側橋脚南端において、ジャッキ架台を組み、ジャッキを設置した際に、ジャッキ架台を上下のずれなくH鋼の縦リブが一直線になるように組み上げ、偏心がないようにジャッキを置き、ジャッキヘッドの南端がG1桁の南側ウェブにかかる状態で置くことができたと認識し、更に、被告人Dが降下作業の指揮・監督能力を十分有しており、作業員丙田も的確に作業をこなしていて橋梁特殊工であると思ったことから、被告人Cは、同Dに本件橋桁の降下作業を任せ、ベント移動作業の方に移ったのであり、右の状況下で被告人Cには本件橋桁転倒についての予見可能性はない。

二  転倒防止ワイヤーについての検討

1 前記第一の本件事故発生の機序において判示したように、本件事故発生の機序は、西側橋脚南端に設置されたJW1とJW2の二基のジャッキ架台に、それらの耐荷力を超える荷重がかかったために、右両ジャッキ架台が挫屈・倒壊し、この倒壊によりG1桁が南側に傾斜し始めて、橋脚南側路上に転落したというものである。

ところで、JW1とJW2の二基のジャッキ架台が倒壊した段階で主としてG1桁を支えていたのはJW3、C1、E1の三基の支点であるが、検四二号の鑑定書によれば、G1桁が静止した状態であれば、三基の支点によってG1桁の荷重を支えることは十分可能であったことが認められる。また、検四〇号の鑑定書によれば、仮にJW1、JW2のジャッキ架台が挫屈・倒壊しても、転倒防止ワイヤーを設置しておけば、G1桁を安定させることができたと推定される。そうすると、転倒防止ワイヤーの設置によりG1桁は安定し、JW3、C1、E1の三支点により同桁の荷重を支えることができるので、G1桁の転倒は防止し得たものと認められる。

2 前記第二で判示したように、広島新交通システムの他工区においては転倒防止ワイヤーを設置した上で降下作業を行う現場がほとんどであったこと、本件現場において、転倒防止ワイヤーを設置するにあたって、特段障害となるべき事情が見当たらないこと、殊にG1桁はその形状から重心が南側に偏っていた上、橋脚南側路上には車両が頻繁に通行しており、もし橋桁が転落すれば多大の人的被害が発生する蓋然性が高かったこと等の事情に鑑みれば、本件現場においても転倒防止ワイヤーを設置すべきであったと認められる。したがって、降下作業に要する時間、降下量の大小にかかわらず、転倒防止ワイヤーを設置すべきであるから、被告人Aらの弁護人の主張は理由がない。

三  被告人Dの地位及び降下作業に関する指揮・監督能力についての検討

1 本件現場における地位

Yと○○との本件下請契約締結に至る経緯及びその内容は、前記(事故に至る経緯)4(二)で認定したとおりである。

右によれば、本件下請契約は、下請であるYからは現場監督を出さず、連絡調整のための事務担当者のみを出すという変則的なものであったことが認められる。そして、被告人Dが本件現場に派遣された経緯は後記第四の三2のとおりであり、被告人Dの立場は○○とZとの間の事務連絡役にすぎないものであった。

なお、この点につき、被告人Aは、捜査段階から、「下請業者を代表して現場に入り、元請の現場代理人の指示監督を受け、請け負った工事一式を鳶を使って完成させていく立場の現場監督は出さなくてもよいが、○○の現場代理人を手助けし、一寸した図面を書けたり、具体的な個々の作業について現場代理人の指示の範囲で監督ができる程度の技術者を出して欲しいと要請していた。」(検二二一号)と述べており、被告人B、同C、同Dが事務職出身ではあるが、現場監督をなし得る立場の者として派遣されたと述べ、被告人Dがまさに同Aの右要請に叶う立場の人物であった旨主張している。

しかしながら、被告人Aの右供述中においても、平成三年二月二日時点で、「技術者は出すんだぞ。」と同被告人が要請したが、戊野は返事をしなかった(検二二一号)というのであり、その後もY側が右要請を受諾したとの証拠はないから、技術者を派遣することは○○とY間の契約内容にはなっていなかったと考えられる。かえって、本件下請契約の交渉中であった同年一月末又は二月初旬の時点で、既に、丁野から、当時、山口県内の、現場に派遣されていた被告人Cに対し、本件現場に派遣されるかもしれないことが伝えられていた(検二五四号)こと、同年二月一六日の打合せの席で、被告人Aが同Bに対し、「近くの現場から応援を出す。」と言った(検一九六号)こと、打合せ後も被告人Aは同Bに対し、「Cを応援に行かせるから話はしてあるので、必要なときにCの方に連絡してくれ。」と言い(検二四一号)、実際、被告人Cが同月二五日から本件現場に派遣されていることからすると、本来下請から出されるべき現場監督の穴を埋めるべく、被告人Cが、他の現場と掛け持ちという変則的な形で、急きょ本件現場に派遣されたと考えるのが合理的である。さらに、被告人B、同Cが同Aに訴えていた不満の中には、Yの責任者であるはずの被告人Dがその能力を備えていないとの不満はなかったこと、同被告人の能力に関して次項で判断するところをも考え併せると、同被告人は、形式的にも実質的にも本件現場の現場監督の地位になく、その職務権限を有していなかったものと認められる。

2 被告人Dの降下作業に関する指揮・監督能力について

この点について、被告人Aらの弁護人は、以下の理由で、被告人Dには降下作業の指揮・監督能力があったと主張する。

(1) 被告人Dは、Yの現場責任者であり、水島機工部のプロジェクトグループの技師であった。

(2) 同被告人は、現場事務所の現場組織表に「現場施工責任者、安全衛生副委員長」と記載されており、作業員からは「監督さん」と呼ばれていた。

(3) 同被告人は、本件現場で、昇降設備組立、標識・バリケード設置、ガードレール撤去、ベント材荷下ろし、ベント材組立、橋脚上の吊り足場設置、橋桁の足場組立について、作業員を指揮・監督して、各作業を行った。

(4) 同年二月二五日被告人Cが同Dにベント組立の要領を説明したところ、同被告人はその説明を一度聞いて直ちに理解し、甲田に対してベント組立の要領を説明した。

(5) 同月末か同年三月初め、クレーンの据え付け方やトレーラーの搬入の仕方について被告人Dは同Bと議論をした。

(6) 同年三月一四日被告人Dは、独自の判断でG2桁架設のためのジョイント足場の枠を組むよう作業員に指示した。

(7) 同日東側橋脚上での降下作業において、同被告人は、作業員に対して、ジャッキ架台の組み方、ジャッキヘッドの位置、ジャッキの持ち運び方等について注意した。

(8) 同被告人は、検察官による取調べの際、ジャッキ架台の組み方、ジャッキヘッドの当て方について詳細に供述している。

しかしながら、被告人Aらの弁護人が右に指摘するもののうち、(1)、(2)は外形的、形式的なものにすぎず、もとより被告人Dの能力には直接関係しないものであるほか、(3)で挙げられた各作業は橋桁架設工事の準備又は補助的な作業に過ぎず、その内容も特別な技能を要するものとはいえない。(4)、(5)、(6)についても、降下作業とは特に関連性があるとは認められない。また、(7)については、果たして被告人Dが作業員に対して右のような注意を与えたか否かの事実自体が判然としない上、被告人Cが見たという(検二五四号、二五五号)、同Dがした注意の内容も常識の範囲にとどまるものであって、これをもって同被告人に降下作業の指揮・監督をし得る能力があったものとはいえない。さらに、(8)については、その内容が被告人Dの特別な技量の存在をうかがわせるものではない上、本件事故当時、同被告人が捜査官に対してした供述内容どおりの知識を有していたか否かは、その時間的な経過に照らし明らかとはいえない。

そうすると、被告人Aらの弁護人が挙げる各理由はいずれも説得力に乏しいといわざるを得ない。むしろ、後記第四の三で認定する事実に鑑みれば、被告人Dは、橋桁架設工事に限らず、建設工事一般について全く経験がなく、建設工事に関する特別な教育を受けたこともなく、本件現場において、同被告人が特に技術的な観点から作業員を指揮・監督した事情はうかがえないから、本件当時、同被告人は降下作業に関する専門的知識を有しておらず、よって、本件当時、同被告人には降下作業を指揮・監督する能力がなかったことは明らかというべきである。

そして、橋桁架設工事の各種作業の中で降下作業と同程度に重要かつ危険と考えられていた横移動作業において、被告人Dは作業員の指揮・監督を任されなかったこと、横移動作業終了後、被告人Bと同Cが翌日の作業の監督の分担を話し合った際、同Dに降下作業の監督をさせるとの話は一切出なかったのみならず、翌日、降下作業を行うことすら同被告人に告げていなかったこと、前記1で認定した被告人Cが本件現場に派遣されるに至った経緯等の事情に鑑みると、被告人B及び同Cは、同Dが降下作業に関する指揮・監督能力を有していないことを認識していたものと認められる。

四  被告人Aの過失についての検討

1  予見可能性について

被告人Aの過失を論ずる前提として、同被告人に本件事故発生についての予見可能性が存したかどうかについて検討する。

(一)  被告人Aは、前記(事故に至る経緯)6記載のとおり、同年三月一二日夕刻、本件現場を視察した。そして、翌一三日朝から、横移動作業の準備作業(G1桁が仮置きされている位置から横移動最終地点まで印を付ける作業)を手伝い、さらに、横移動作業では、被告人Bが全体の監督をする一方で、被告人Aは、西側橋脚上で作業員を指揮・監督した。そして、同被告人は横移動作業終了後、本件現場を去った。

(二)  ところで、既に認定したとおり、G1桁は断面が逆台形の、かつ、南側に若干膨らんだ曲線桁であり、その形状自体から重心が南側に偏っていた上、同桁南側には朝顔や吊り足場が取り付けてあったから、朝顔が開かれた場合や、作業員が同足場を移動する場合などには同桁全体の重心が一層南側に偏ることは明らかであった。これに加えて、G1桁南側ウェブ線が西側橋脚南端とほぼ同一鉛直線上にあり、かつ、同橋脚上の南端付近は作業面積が狭く、ジャッキ架台を設置する余地が少なく、したがって、降下作業時に、橋桁のウェブ線やダイアフラム線にジャッキヘッドを当てることが相当困難な状況にあったから、不用意にジャッキ作業をすると、ジャッキヘッドがウェブ線やダイアフラム線以外の下フランジ部分に当たり、下フランジ面が凹損し、そのためジャッキが傾斜し、ジヤッキ架台が倒壊する可能性があった。そして、横移動作業においては、耐荷力に難点があるため重量物の作業には通常使用されないリブなしH鋼が使用されており、横移動作業終了時、転倒防止ワイヤー等の転倒防止措置は何ら講じられていなかった。

そして、以上の客観的状況を被告人Aは認識していた(なお、被告人Aらの弁護人は、これらの客観的状況の認識に関する捜査段階での被告人Aの供述調書の信用性を否定するが、橋桁架設工事の専門家であり、かつ、安全パトロールのため本件現場に臨場した同被告人が、右の橋桁架設における基本的事実を認識していなかったとは到底考えられない。)。また、被告人Bや同CがリブなしH鋼の使用及び転倒防止措置の不採用について不安感を抱いていないことから、降下作業においてもリブなしH鋼がジャッキ架台として使用され、転倒防止措置が講じられないまま降下作業が行われることは十分予想し得たものである。

(三)  さらに、被告人Aは、前記のとおり、工事部長として、本件工事の施工計画はもとより、Yの下請契約の締結にも関与しており、その契約内容等を通じて、本件現場にはYから現場監督の派遣はなく、同社から派遣された被告人Dはいわゆる事務屋として連絡調整役を務めているにすぎないことを知っていた。そのため、当初は現場代理人である被告人Bが直接作業員を指揮して工事を進めざるを得ず、同被告人を補佐する者として被告人Cを派遣せざるを得なかった。また、YとZは作業員のみを派遣する作業員常傭契約を締結していたところ、本件現場に日々供給される作業員数及びその顔触れが安定していないばかりか、技量の優れた作業員がいなかった。被告人Aは、同Bからその旨再三不満を訴えられていた。

(四)  以上のような、本件橋桁の形状等に由来する不安定性、ジャッキ架台設置場所の狭小による適切なジャッキ架台設置の困難性、降下作業において、リブなしH鋼が使用され、転倒防止措置が講じられないことの蓋然性、適正なジャッキ操作の重要性、そのための優良な作業員・作業監督者の必要性等の状況を総合すると、前記三月一三日被告人Aが横移動作業に加わり、これを終えた時点において、右のような点に留意した作業態勢が確保されない限りは、ジャッキ架台及びジャッキの倒壊や、さらに転倒防止措置の懈怠によりG1桁の転落事故があり得ることは、優に予見することが可能であったといわざるを得ない。

2  注意義務及びその懈怠についで

そこで、本件事故発生についての右の予見可能性を前提にして、被告人Aの注意義務について検討する。

関係証拠によると、○○には職務権限規定、職務権限明細書があり、これによれば、工事部工事課の分掌職務中には、現場代理人業務(現場工事の進捗状況チェックと工程管理、現場工事の品質管理及び客先検査立会、現場の安全パトロール等による安全管理、請負作業員の指導、監督等)の承認をすることが含まれ、市川工場橋梁工事部業務分掌規定(なお、同規定は被告人Aが作成したものである。)によると、現場代理人選任の最終決定(労務関係5)、現場安全管理方針及び実施具体策(労災関係3)、架設計画、同計画の変更(架設計画2、3)がいずれも部長承認事項として規定されている。これらの規定に照らすと、被告人Aは、工事部長として、工事部の業務全般を統括する権限と義務を有し、橋桁架設工事の安全管理全般について具体的にその権限及び責任を負っていることは明らかである。したがって、工事部長が直接、工事現場に臨んだ場合にも、これらの権限と義務があることは当然であり、仮に現場代理人が行っている工事施工上、安全管理上の問題点(危険性)があれば、これらの点を正し、その修正、再検討を命ずべき業務上の業務を負っているものと解される。

被告人Aらの弁護人は、工事現場においては、現場代理人の権限は、工事部長の権限に制約されないという解釈がとられていた旨主張するが、工事の安全性の維持に関して、このような解釈がとられていたとする証拠はない。仮に右主張のとおりであるとすれば、安全パトロールの意味するものは一体何か多大な疑問を禁じ得ないし、現場代理人の選任権者である工事部長が、現場代理人の行う行為の危険性を指摘し得ないとすれば、責任の所在が不明確となり、職制上自然極まりないといわざるを得ない。

そして、被告人Aは、右三月一三日の本件橋桁の横移動作業終了時において、翌一四日に予定されていた降下作業に関して、右予見可能性の検討に際して認めた状況(すなわち、本件橋桁の形状に由来する不安定性、ジャッキ架台設置場所の狭小による適切なジャッキ架台の設置の困難性、リブなしH鋼が使用され、転倒防止措置が講じられないことの蓋然性、適正なジャッキ操作の重要性、優良な作業員・作業監督者の必要性等)を認識し、又は認識することができたから、被告人Bに対して、これらの状況認識に基づいた作業内容の再検討を指示したならば、同被告人においても、本件降下作業の危険性を再認識した上、使用機材の選択はもとより、作業時の自己又は被告人Cによる直接の指揮・監督、作業担当者の選択等をはじめ降下作業の安全な方策について十分検討し、右降下作業時において被告人B、あるいは、その補佐である同Cが現場を離脱せず、直接現場で作業員を指揮・監督して降下作業を行ったものと予想され、本件のように、被告人Bや同Cによる監督がないまま、降下作業の経験のない丙田が主導して不安定なジャッキ架台を組んだり、偏心してジャッキを設置するようなことはなかったと考えられる。そうすると、被告人Aが同Bに対して右のような指示をしなかったことは、本件事故発生と因果関係を有する事実である。

したがって、被告人Aには、工事部長としての立場から、右三月一三日の横移動作業終了時に、同Bに、翌日予定された降下作業の作業計画を確認し、適切なジャッキ及びその架台の設置方法、転倒防止ワイヤーの設置を検討するよう指示すべき業務上の注意義務があったというべきである。

しかるに、被告人Aは、このような指示を同Bに与えることなく本件現場を立ち去り、そのため、後記の被告人B、同Cらの過失と競合して本件事故に至ったものであり、被告人Aはこの点において注意義務の懈怠がある。

3 同年三月一三日以前の過失について

なお、公訴事実によれば、検察官は、被告人Aには、平成二年一〇月ころから、本件橋桁架設工事の架設計画を検討し、決定するにあたり、鋼桁の重量バランスや鋼桁と橋脚天端との位置関係等を確認した上、本件降下作業に際しての適切なジャッキ架台の設置位置、構造及びジャッキヘッドを当てる位置、方法等を検討、決定して被告人Bに指示すべき注意義務がある旨主張する。この主張は、検察官が前記三月一三日以前の段階、即ち、本件橋桁架設工事計画の決定時点における被告人Aの注意義務をいうものと解される。

しかし、前記1で検討したとおり、右三月一三日以前においては、本件現場の状況、特に橋桁と橋脚との取り合い関係、使用機材について、被告人Aには具体的にこれを知り得る状況はなかったから、検察官指摘の時期には、被告人Aに本件事故発生に関する予見可能性はなかったものである。

したがって、右三月一三日以前には、被告人Aについて、右検察官主張にかかるジャッキ架台の設置位置、構造及びジャッキヘッドを当てる位置、方法等を検討、決定して現場代理人に指示すべき注意義務は認められない。

五  被告人Bの過失についての検討

被告人Aらの弁護人は、被告人Bに関する公訴事実記載の過失を概ね認めている。しかし、右弁護人は、被告人Bが、前記のとおり、降下作業の指揮・監督を同C、さらには同Dに任せるにつき、ジャッキ架台の設置位置・組み方、ジャッキヘッドを当てる下フランジの位置・方法等について具体的な指示をしなかったことについての不注意は認めるものの、①転倒防止ワイヤーの不設置は過失に該当しないことのほか、②前記具体的指示を被告人C等にしなかったのは、同Bが、同Cには降下作業の指揮・監督能力があり、同Bの指示すべき前記のような事項については、同Cに判断力があると考えたことによるものであり、これと同じく、同Dにも、Yから出された現場監督として、右能力があると考えたからであること、③本件事故発生の直接原因は、作業員丙田の予想を超える無謀な作業によるものであることを主張している。

右の主張のうち②及び③の法律上意味するところが何かは、必ずしも明確とはいい難い。②の主張は、同弁護人においては、右のとおり、被告人Bが、同Cを通じて同Dに具体的指示を欠いたまま降下作業を任せたことが、被告人Bの過失であること自体を認めているから、帰するところ単なる情状的事実に関する主張と解することができる一方、被告人Cについて、降下作業の指揮・監督能力があり、同Dについても、右能力があると考えたというのであれば、右過失を認めるとはいうものの、本件事故発生についての予見可能性の存在に疑問があるという主張とも解される。また、③の主張は、右丙田の行為の介在及びこれによる本件事故発生の予見が、被告人Bにとっては、不可能であったことをいうようにも解される。

そこで、以下、被告人Bの本件事故に対する予見可能性の存否について検討する。

1  予見可能性について

(一)  被告人Bの平成三年三月一四日の本件事故に至るまでの行動は、関係証拠によると以下のとおり認められる。

被告人Bは、同日午前一一時ころまでは現場事務所などで塗装関係の要領書の作成等をした後、工程写真を撮るため本件現場に行った。同所では、B3移動作業の撮影をし、B1の移動位置のマーキングをした後、G1桁の降下量の撮影のため東側橋脚に上がった。同所では、□□工業の作業員が降下作業の準備をしていた。同所で降下量の撮影をし、続いて、中央橋脚、西側橋脚で同様の撮影をした後、西側橋脚から地上に降りた。次に、B2のところに行き、同ベントの移動位置を修正した。B2の移動中、被告人Cが来て、同人に黒板を持たせて撮影した。その間、降下作業は、作業員丙田らにより進められていたが、被告人Bは同Cに対して、降下作業の進行状況や監督者の存在について何ら問いただすことはなく、右作業は被告人Dか誰かに見てもらって進行している程度にしか考えなかった。また、昼前ころ、丙野が応援に来たが、すぐ昼休みになり、被告人Bは、丙野、被告人C、同D、夏野と共に昼食をとった。午後一時ころから、B2移動作業を撮影した。丙野及び被告人Cも同所にいた。被告人Bは、丙野に工事の状況を説明するため西側橋脚上に上がったとき、中央橋脚上で作業員が降下作業をしていることが分かり、同所に行き、撮影した。同所には、□□工業の作業員と被告人Dがいた。このとき、被告人Bは、仮置台やジャッキ架台の状況を確認しなかった。被告人Bが中央橋脚上で、B2上の同Cに単管を渡しているとき、同Dらが西側橋脚に移動した。被告人Bは、中央橋脚上に上がって来た丙野にB1の移動や翌日行うG2桁の架設方法について説明していたとき、G1桁が転倒、落下するのを見た。

(二)  被告人Bは、現場代理人として本件工事の施工方法の決定、作業員の指揮・監督、安全管理等の業務に従事していたものである。そして、前記のとおり、被告人Bは、三月一三日の横移動作業終了時点において、同Cに対し、翌一四日の降下作業の指揮・監督をするよう指示していた。そのため、同日には、被告人Bは、本件降下作業に従事していなかった。しかし、同被告人は、右一三日の横移動作業終了時に西側橋脚上に上がって同橋脚上の状況を見ていたほか、右一四日の降下作業直前にも西側橋脚上の降下量を明らかにするために同橋脚上の仮置台に置かれたG1桁の状況を撮影していたから、西側橋脚南端付近のジャッキ架台設置場所が狭小であることなどの認識はあった。したがって、被告人Aについて述べたのと同様、同Bについても、一三日横移動作業終了時において認められる同Aの場合と同様の予見可能性があったことが認められる。

さらに、東側橋脚での降下作業開始後、中央橋脚、西側橋脚と同作業が進行していく途中(B2に被告人Cが来た時点)で、被告人Bは、同作業の指揮・監督を任せた同Cが、降下作業の現場を離れていること、それにもかかわらず降下作業は、同Dや作業員らにより進められていることを知ったが、前記三のとおり、被告人Bは、同Dには降下作業の指揮・監督能力がないことを既に認識しており、加えて、当日の作業員らの顔触れやそれらの者の技量を知らなかったのであるから、同被告人においては、右状況下で降下作業が続行されれば、ジャッキ架台の倒壊を経て、本件橋桁転落に至ることの予見可能性があったことは十分認められる。

2  注意義務及びその懈怠についで

○○の作業指針によると、現場代理人はジャッキ作業において、ジャッキ位置を指示するものと定められており、また、前記第二のとおり、他工区においては、現場代理人又は現場代理人から指示を受けた現場監督等がジャッキの位置等を確認した上で作業をしていたことが認められる。これらに照らせば、被告人Bにおいては、現場代理人として、作業員の指揮・監督、安全管理等の業務に従事するものとして、降下作業を実施するに当たり、予め橋脚上の状況を検討し、ジャッキ架台の設置位置・組み方、ジャッキヘッドを当てる下フランジの位置・方法等の作業計画を検討し、かつ、前記第三の二で述べた転倒防止ワイヤーを設置した上、自ら同計画に基いて降下作業を指揮・監督するか、被告人Cに降下作業の監督を行わせる場合には、同被告人に対し、右計画の内容を具体的に指示してその指揮・監督に当たらせるべき業務上の注意義務があり、また、翌一四日の降下作業開始後、被告人Cが同Dや作業員らに降下作業を任せたまま自らは指揮・監督をしていないことを知ったのであるから、被告人Cをして降下作業の現場に復帰させ、その指揮・監督の下に右作業を行わせるべき注意義務があると認められる。

しかるに、被告人Bは、右のような作業計画を検討したり、転倒防止ワイヤーも設置することなく、同月一三日、被告人Cに対して、漠然と降下作業を指揮・監督するよう指示したのみで、ジャッキ及びその架台の設置方法等具体的な指示をせず、また、翌一四日午前一一時過ぎころ、降下作業継続中、被告人Cが、降下作業について十分な知識がなく、したがって監督者なしでは同作業を適切に遂行する能力がない同Dや作業員丙田らに同作業の遂行を任せて同作業の指揮・監督をしていないことを知りながら放置して、自らもその指揮・監督をせず、漫然、作業員丙田らに降下作業を続行させた過失がある。

六  被告人Cの過失についての検討

1  予見可能性について

被告人Cの経歴、橋梁架設工事の経験は前記(事故に至る経緯)1(三)記載のとおりであり、本件現場に派遣された経緯については同5(三)記載のとおりである。同被告人は、本件現場において現場代理人補佐であり、本件工事遂行に当たっての技術的な能力を有していたと認められる。

そこで、被告人Cの本件事故発生についての予見可能性について検討するに、同被告人の横移動作業及び降下作業における行動は前記(事故に至る経緯)6、7で認定したとおりであり、右事実に加え関係証拠によれば、被告人Aに関して前記四1(二)で述べた客観的状況を同Cも認識していたことを優に認めることができる。

なお、G1桁南側ウェブ線と西側橋脚南端との位置関係の認識について、前記のとおり被告人Aらの弁護人はこれを争い、被告人Cも公判段階においてこれに沿う供述をしている。要するに右弁護人らの主張は、被告人Cの右三月一三日の横移動作業終了時の認識は、ジャッキ架台は一直線でジャッキも偏心なく置くことができたという記憶であるし、橋脚とG1桁の実際の位置関係は、基本測量の誤差、施工上のずれ等により設計図面や基本測量の結果から導かれた鑑定書の数値とは異なっている可能性があるから、実際には被告人Cの記憶どおりで、橋脚南端とG1桁のウェブ線とは同一鉛直線上になかった可能性がある、というのである。

しかしながら、右主張にかかる基本測量の誤差、施工上のずれはいずれも微小なものであり(被告人Cも、これは作業において考慮しなくてもいいと供述している。〔第二五回公判第六六六項〕)、さらに、横移動作業終了時に、設計図との差異が問題となったというような事情もうかがわれない本件においては、横移動作業において最終目標地点の三〇ミリメートル手前で停止して終了したことを加味しても、横移動作業終了時のG1桁の位置が、大幅にずれていたとは到底考えられないところである。また、翌一四日の降下作業において、作業員丙田が設置した南西側ジャッキ架台(JW2)の状況に照らすと、被告人Cの、ジャッキ架台は一直線でジャッキも偏心なく置くことができたという記憶は誤りというほかない。

したがって、右のウェブ線と橋脚南端とがほぼ同一鉛直線上にきているというような特殊な位置関係は、あえて目を塞がない限り、当時西側橋脚南端付近で仮置き作業をした被告人Cの目に入ったはずであるから、客観的な事実として同被告人は右位置(取り合い)関係を認識したといえる。

また、右弁護人は、被告人Cが本件降下作業を同Dや作業員丙田に任せたのは、同被告人の指揮・監督能力、丙田の作業能力が十分にあると思ったからで、実際にも同被告人の指揮・監督能力はあったと主張し、被告人Cも当公判廷で同様の供述をしている。

しかしながら、被告人Dの本件現場における地位及び降下作業に関する指揮・監督能力については前記第三の三で認定したとおりで、被告人Cは、同Dに右能力がないことを知っていたのであり、丙田についても、前記(事故に至る経緯)7(三)記載のとおりで、同人は、当日本件現場において初めて作業に従事したものであり、被告人Cの丙田に対する評価は軽率なものであったといわなければならない。

したがって、右弁護人らの主張はいずれも採用することはできず、被告人Cの前記客観的状況の認識から、同被告人に本件事故についての予見可能性があったことを肯定することができる。

2  注意義務及びその懈怠についで

被告人Cは、現場代理人である同Bの補佐として、同被告人に課せられた前記業務の遂行を補助する義務があった。すなわち、本件において、被告人Cは、本件降下作業の前日に同Bから、漠然と降下作業を指揮・監督するよう指示されたが、自らも前記客観的状況について認識をもっていたのであるから、同Bの注意を喚起すべく、ジャッキ作業の具体的内容等について同被告人に指示を求め、転倒防止ワイヤーの設置について同被告人に進言し、かつ、降下作業に際しては、現場代理人である同被告人に代わって自ら作業員らを指揮・監督すべき業務上の注意義務があった。

そして、前述の被告人B及び同Cの職責に鑑みれば、同被告人が右注意義務を果たせば、適切にジャッキ及びその架台を設置して降下作業を行うことができ、さらに転倒防止ワイヤーの設置について検討がなされた上、その設置が図られた可能性があるから、本件結果を生じさせなかったといえるので、同被告人の右注意義務には結果を回避する可能性も肯定することができる。

したがって、被告人Cには右注意義務があったのにこれを怠り、漫然、ジャッキ作業の内容について、同Bに指示を求めず、転倒防止ワイヤーの設置について進言せず、右三月一四日午前一一時過ぎころ、降下作業を開始するに際し、同作業を指揮・監督する能力のない被告人Dと作業員丙田らに同作業の遂行を任せて現場を離脱し、自ら同作業の指揮・監督をしなかった過失がある。

第四  被告人Dの過失について

一  公訴事実

被告人Dに関する公訴事実の要旨は以下のとおりである。

「被告人Dは、神戸市中央区北本町通<番地略>に本店を置き、土木・建築工事の請負い等を目的とするY会社に所属し、同会社が株式会社○○から下請けして株式会社Z工業と作業員常傭契約を締結した本件工事について、Zと○○との間の連絡調整、資材調達等の責任者として本件工事現場に派遣されていたものであるが、平成三年三月一四日、広島市安佐南区上安二丁目二九番三号先の県道高陽沼田線上の本件工事現場において、東側橋脚、中央橋脚及び西側橋脚の各天端の南端付近の仮置台上に置かれているG1桁(重量約58.5トン。当日、これに取り付けられた沓、吊り足場等の重量を合計した総重量は約七四トン)を各橋脚天端に設置するに際し、東側橋脚、中央橋脚、西側橋脚の順に、G1桁南側下方及び北側下方の各橋脚天端上にH鋼等で架台を組み、その上にジャッキを設置し、そのジャッキヘッドをG1桁の下フランジに当て、同ジャッキを操作してG1桁を押し上げ、右仮置台を組み替えるなどしてその高さを下げ、再度同ジャッキを操作して同仮置台上に降下させ、これを反復して行うことにより、G1桁を東側橋脚で約四〇五ミリメートル、中央橋脚で約二三〇ミリメートル、西側橋脚で約二九八ミリメートル降下させようとしたのであるが、G1桁は南側に膨らんだ曲線状であるとともに上フランジ面が南側に張り出した逆台形の形状であって、その南側には朝顔が設置されていたこと等により、重心が南側に偏っていたため、G1桁南側を支持するジャッキ及びその架台に大きな荷重がかかり、ウェブ線あるいはダイアフラム線以外の部分にジャッキヘッドを当てた場合には、右荷重によりその部分が凹損し、同ジャッキ及びジャッキ架台が倒壊する危険があり、また、西側橋脚においては、G1桁南側のウェブ線が同橋脚南端とほぼ同一鉛直線上にあったため、G1桁南側を支持するジャッキヘッドを同ウェブ線に当てるためには、同橋脚天端南端部に設置したジャッキ架台の基部となるH鋼の中心から、その上部に設置したH鋼及びジャッキの中心を南側に偏心させて設置するほかなく、そうすると同ジャッキ及びその架台が右荷重に耐えられずに倒壊する危険があり、さらに、西側橋脚では、ダイアフラム線付近の天端には沓座、仮置台及び橋脚回り足場用の単管が置かれ、ジャッキ架台を設置する余裕が少なく、安定した架台を設置するのが困難な状況にあったため、ジャッキ架台の設置位置・組み方、ジャッキヘッドを当てる下フランジの位置・方法等のいかんによっては、南側ジャッキ及びその架台が倒壊して、G1桁等が車両交通の頻繁な南側路上に転落する危険があったのであるから、同日午前一一時過ぎころ、東側橋脚上において、被告人Cから同被告人に代わって降下作業の指揮・監督を行うよう依頼された際、G1桁の重心が南側に偏っておりジャッキ及びその架台の設置方法いかんによっては同鋼桁が南側に転落することを察知していた上、重量物の降下作業についての知識・経験が全くなく、同鋼桁の重量バランスを正確に把握し、ジャッキ架台をどこに、どのような構造で設置し、ジャッキヘッドをどこに、どのように当てれば同鋼桁の荷重に耐え得るかを適切に判断することが困難で、かつ、同作業を適切に指揮・監督する能力がなかったのであるから、同被告人から同作業の指揮・監督を依頼されてもこれを断るべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然これを引き受け、その後、適切な指揮・監督をしないまま、漫然丙田ら作業員に東側橋脚及び中央橋脚を経て西側橋脚まで同作業を行わせた重大な過失が、被告人A、同B、同Cの各過失と競合したことにより、同日午後二時五分ころ、西側橋脚天端において、作業員丙田をして、北側に一個、南側に二個のジャッキ架台を設置してジャッキを置かせるにあたり、南側二個のジャッキのうち、南西側ジャッキについては、H鋼を井桁状に二列三段に組んだ架台の上にジャッキを置き、ジャッキヘッドをG1桁南側ウェブ溶接位置に当てたものの、同ジャッキ及びその架台を同架台基部のH鋼より南側に偏心させてG1桁の荷重に耐え得ない耐荷力の弱い状態で設置させ、南東側ジャッキについては、H鋼を一列三段に重ねた架台の上にジャッキを置き、そのジャッキヘッドを補強のない下フランジに当てる状態で設置させ、各ジャッキを操作してG1桁を押し上げた際、同下フランジ部分が凹損して南東側ジャッキを傾斜させたこと等から、両ジャッキにかかるG1桁等の荷重が不均等になり、いずれかのジャッキ架台の耐荷力を超えたことにより両ジャッキ架台をほぼ同時に倒壊するに至らせ、G1桁を南方向に半回転させながら吊り足場上及び西側橋脚回り足場上において作業中であった作業員乙田ら八名もろとも橋脚南側路上に転落させ、道路上において信号待ちのため停車していた春田運転の普通乗用自動車など自動車一一台を押しつぶすなどし、よって、別紙(一)記載のとおり、乙田ら一五名を各死亡させ、別紙(二)記載のとおり、夏田ら八名に各傷害を負わせたものである。」

二  右公訴事実に対して、当裁判所は、被告人Dには検察官が主張するような過失は認められないと判断した。そこで、その理由について、以下詳述する。

三  既に(事故に至る経緯)において認定した事実に加え関係証拠を総合すれば、次の各事実が認められる。

1 被告人Dの橋桁架設工事等の経験の有無

被告人Dの経歴及び地位は、前記(事故に至る経緯)の1(四)のとおりであるが、同被告人は普通高校卒で、Y入社以来本件工事に至るまでの間、一貫して事務職として稼働しており、海運課所属中に積み下ろし作業の際、玉掛け作業を手伝ったことがあり、昭和五四年五月に社内研修の一環として鉄骨組立等作業主任者資格を得たほか、ライングループの係長になってから、水島製鉄所内の安全管理の業務に就いたことはあるものの、橋梁架設工事その他の建設工事に関与したことはなかった。

2 本件現場に被告人Dが派遣されるに至った経緯

平成三年一月三一日ころ、機工部水島機工課主査部長冬田は、そもそも本件工事に現場監督を出せないと千葉営業所長戊野に申し渡していたところ、同年二月四日ころ、戊野から電話で、被告人Aから「Yからは事務屋でもいいから一人出してもらえないだろうか。」と言われた旨の連絡があった。そこで、冬田は右の趣旨の連絡調整役として被告人Dを派遣することとし、同月五日ころ(被告人Dは同月八日ころと供述する。)、同被告人に対し、○○とZとの間の連絡調整役として本件現場に赴くよう命じ、同月一二日付けで、前記プロジェクトグループへの配転を行った。

当時、病気入院中に、担当業務をはずされていた被告人Dは、これをきっかけに今後は技師として働きたい希望を持ち、本件現場に行くことを了承した。

3 本件現場における被告人Dの行動

(一) 同月一三日被告人Dは夏野とともに本件現場を下見し、同月一八日○○の広島営業所において、被告人B、夏野、秋野と工事の打合せを行った。その後、工事に着手したものの、Zが順調に作業員を手配しないため、当初一週間ほど現場に駐在する予定であった夏野が、引き続き現場に留まり、○○とZとの連絡調整をした。そのため、被告人Dは、本来の事務方の仕事が手すきとなり、作業現場に出て、搬入された資材の荷下ろし作業、昇降設備の設置作業、ガードレールの抜き取り作業及びフェンスの設置作業等に従事した。そして、足場組立作業については、被告人Dが作業員を指揮・監督してこれに当たり、暗黙のうちに足場作業は同被告人の担当という雰囲気となった。その他、YとZとの契約が作業員常傭契約のため、作業用資機材の調達はYの責任であり、被告人Dは、資機材の調達も行った。しかし、被告人Dは、資機材について専門的な知識を持ち合わせていなかったため、本来は機工部に備えてあるベント材やリブ付きH鋼についても、その調達をすることができなかった。

(二) 同年三月一三日に実施された横移動作業において、被告人Dは、午前中は地上で交通整理にあたり、午後からは橋脚上において横移動作業の状況を見ていた。

(三) 同月一四日被告人Dは、調整プレートの設置作業を手伝ったが、同作業終了後、東側橋脚上において、G1桁の降下作業が開始された。同被告人は、当日降下作業が行われることを直前まで知らされていなかった。それにもかかわらず、被告人Cからいきなり降下作業の監督を依頼され、同Dは困惑した。同被告人は、降下作業そのものはジャッキ作業を伴うので危険だと思っていた。しかし、ジャッキ架台の組み方について井桁状に組むのが安定性があること、ジャッキと架台とは偏心させない方がよいことは分かっていたが、どの程度なら危険かということは分かっていなかった。また、G1桁が橋脚の南端ぎりぎりの位置に来ること、ジャッキヘッドをウェブ線に当てなければならないことも知っていたが、ジャッキが倒壊することなどは考えたことがなかった。しかし、被告人Dは、同Cの右依頼を断りづらく、当日、調整プレートの設置作業時に、丙田が、橋梁工事の経験が長いような口振りで話をしていたため、同人がうまくやってくれるのではないかと思って、これを引き受けた。

作業は丙田が中心となって行い、被告人Dは作業員に任せておけばよいという気持ちで、ジャッキ架台の組み方、ジャッキヘッドの当てる位置などを十分確認しなかった。東側橋脚、中央橋脚と順次降下作業を進めていき、西側橋脚上でジャッキアップをした状態で、仮置台を組み替えているときに本件橋桁が転落した。

四  被告人Dの地位及び能力について

前記第三の三で判示したように、被告人Dは、形式的にも実質的にも本件現場の現場監督の地位になく、その職務権限を有しておらず、降下作業に関する指揮・監督能力を有していなかった。

五  被告人Cの依頼の趣旨

被告人Dは、右三月一四日の降下作業開始前に被告人Cから「Dさん、見とってよ。」と言われ、黙っているうちに同被告人が下りて行ってしまったため、引き受けたことになってしまった旨供述し、他方、被告人Cは、丙田に「東から一〇〇ずつ下げていって下さい。」と言った後、中央橋脚付近の吊り足場にいた被告人Dに対して、「Dさん、来て下さい。」と呼び、「ベントの監督の方に回りますから、付いていて下さい。」と言ったところ、被告人Dは「はい。分かりました。」と答えた旨供述している(なお、被告人Cは、公判廷においては、被告人Dに対しても、東から順に一〇〇ずつ下げていくことを告げた旨供述している。[第二六回公判第二四一項])。このように、被告人Cが同Dにした依頼の文言について、両者の言い分は食い違っているが、仮に被告人Cの供述どおりとしても、降下量が一〇〇(単位はミリと思われる。)ずつであること以上のことを被告人Dに指示していないことは明らかである[同公判第二四五項]。すなわち、降下作業の監督を依頼するに際して、被告人Cから同Dに対する具体的な指示はほとんどなされなかったといってよい。

右の事実に加えて、被告人Dが下請の現場監督の業務を担っていない上、橋桁架設工事に慣れておらず、現場監督としての技量・能力に欠けることを、被告人Cが認識していたことは前述したとおりである。更に、被告人Cが降下作業の監督をしようとしていたところ、中央ベントの移動作業の準備をしているのが目に入り、これを監督している者が見当たらなかったので、ベント移動作業を監督しに橋脚から下りたが、その際、被告人Bに対して、降下作業の監督を同Dに任せた旨の報告をしていないこと、降下作業に入る前にも、西側ベントの移動に際して、同Cは、東側橋脚上の調整プレート設置作業を同D、丙田らに任せて、ベントの移動作業の監督に当たっていたこと等の事情に鑑みると、同Cは、降下作業及びベント移動作業のいずれについても自分が監督者であり、同Dには、自分がベント移動作業の監督をしている間、作業員丙田らが降下作業を行うのを見ていてもらい、何か問題が生じた場合には自分のところに知らせに来てくれること、いわば連絡のための見張り役を期待していたものと解するのが合理的である(被告人C自身も当公判廷において、被告人Dが分からないことに遭遇したら私たちに聞きに来ると思っていた旨供述している。[第二六回第三七四項])。すなわち、被告人Cの依頼の趣旨は、技術的な側面から作業員を指導して降下作業を遂行することにあるのではなく、あくまで作業状況を監視し、異変があれば直ちに被告人Cらに知らせることを依頼したものと解される。

六  被告人Dの過失の有無

前記一の公訴事実によれば、検察官は、要するに、被告人Dには降下作業の指揮・監督能力がなかったのであるから、被告人Cから降下作業の指揮・監督を依頼された際に、これを断るべき注意義務があったと主張する。そこで、以下、右注意義務について検討する。

1  予見可能性について

検察官によれば、被告人Dは、本件橋桁の重心が南側に偏っており、ジャッキ及びその架台の設置方法いかんによっては同桁が南側に転落する危険性があることを察知した上、自らに本件橋桁のような重量物の降下作業についての知識・経験が全くなく、ジャッキ及びジャッキ架台の設置方法等について適切に判断することが困難で、降下作業を適切に指揮・監督をする能力がないことを認識していたのであるから、本件橋桁転落の危険性を予見できたというのである。

しかしながら、重過失致死傷の刑責を問う場合には、具体的状況下において、一般人として結果発生を容易に予見し得ることが必要である。そして、本件公訴事実においては、作業員丙田らが被告人Cら監督者なしに降下作業をする場合には、右作業員らが不適切なジャッキ及びジャッキ架台を設置する具体的な危険性があったのであるから、降下作業に関して知識・能力のない被告人Dが降下作業の監督を引き受けることが、即、ジャッキ及びジャッキ架台の不適切な設置につながる、という因果関係の存在を前提にしている。そうすると、被告人Dにおいて、橋桁転落の具体的な予見可能性があるとするためには、一般人である同被告人の能力を前提として、自らが監督すれば作業員丙田らが不適切なジャッキ及びジャッキ架台の設置方法をとるかもしれないとの予見がなければならない(なお、ここでいう監督は、前記五で認定したとおり、単なる作業の監視にすぎないものであるが、以下の考察は、指導を伴う本来の意味の監督であっても変わるところはない。)。

そこで、検討するに、まず被告人Dが本件現場で現場監督の地位になかったことは前記四のとおりである。そして、前記三1のとおり橋桁架設工事その他建設工事に全く関与したことのない被告人Dには、西側橋脚上の状況及びリブなしH鋼の危険性をどの程度把握できたか甚だ疑問であり、ましてや前記三3(三)からすると、同被告人は、ジャッキ作業の危険性について一般的、抽象的知識は有するものの、右の具体的状況から生ずるジャッキ作業の特殊性といったものにほとんど気付いていない様子がうかがえる。それゆえに、被告人Dとしては、降下作業を適切な指揮・監督の下で行わなければ、作業員が不適切なジャッキ作業をしてしまうとの可能性に思いを致すことはなかったと考えられる。そして、同被告人には、当然のことながら作業員の技量を見抜く能力がなかったと認められ、同被告人は、同Cの依頼を受けて困惑したが、降下作業当日、丙田から橋梁工事の経験が長いような口振りの話を聞かされていたので、丙田がうまくやってくれるのではないかと思って被告人Cの依頼を引き受けた(前記三3(三)、検二六三号)という経緯があったことからすると、同被告人から降下作業の監督の依頼を受けた際、被告人Dは、むしろ、自分が適切に指揮・監督できなくても、丙田らがしっかりしているから適切な作業をしてくれる可能性が高いと思っていたというべきで、自分が適切に指揮・監督できないがために、丙田らは適切にジャツキやジャッキ架台を設置することができないであろうとは考えていなかったということになる。

そうすると、被告人Dには、自らが監督を引き受ければ、作業員らが不適切なジャッキ作業を行うことになるという予見がなかったので、本件橋桁転落に至る具体的な危険性を予見する可能性はなかったと解すべきである。

2  結果回避可能性について

次に、被告人Dについては、本件事故の結果回避可能性もあるということができない。

検察官は、被告人Dが降下作業の監督を断れば、被告人C自らが降下作業の監督をして、適切にジャッキ及びジャッキ架台が設置されるので、被告人Dの右注意義務が履行されれば、本件事故の結果を回避する可能性があったとする。

しかしながら、前記五で述べたように、被告人Cの依頼は作業員らに対する技術的な指導を伴う監督を依頼したものではなく、単に作業状況を監視するよう依頼したにすぎないと解されるところ、このような監視役(連絡のための見張り役)は、以後の降下作業を遂行するにつき不可欠な存在とはいえない。被告人Cは、同Dに作業能力がないことを十分知っていた反面、丙田の作業能力を高く評価していたこと、同Cは降下作業よりもベント移動作業の方が危険性が高いと思っていたこと等の事情も考え併せると、仮に同Dが右依頼を引き受けられないと断ったとしても、当時正にベント移動作業に監督がついていない状況を目にした同Cとしては、降下作業を作業員任せにしてでも、自らはより危険であると考えるベント移動作業の監督に向かったであろうことも十分に考えられる。この点について、被告人Cは、同Dが断れば降下作業を中止してから、ベント移動作業の監督に向かったかもしれない旨公判廷で供述しているが、当時、被告人Cは、降下作業はさほど危険で困難な作業ではないと軽信していたものであり、ましてや次のG2桁の架設準備に追われていた本件現場の状況からすると、現実に降下作業を中止したか疑問であるから、同被告人の右供述は信用できない。

そうすると、被告人Dが同Cの依頼を断ったとしても、監視役のいないまま作業員丙田らによって降下作業が続行され、その結果、本件事故が発生した可能性が相当程度あるといえるから、被告人Dが同Cの依頼を断ることで、容易に本件結果を回避し得たとはいえない。

3  以上、検討してきたように、本件において、検察官が主張する被告人Dの注意義務に関しては、その予見可能性及び結果回避可能性のいずれの存在についても合理的な疑いがあり、この点についての立証が尽くされたとはいい難いので、被告人Dの過失評価の前提となる注意義務の存在(成立)を認めることはできない。結局、被告人Dに関する本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑訴法三三六条により同被告人に対し無罪の言渡しをする。

(法令の適用)

被告人A、同B及び同Cの判示所為のうち、各業務上過失致死及び各業務上過失致傷の点はいずれも被害者ごとに行為時においては平成三年法律第三一号による改正前の刑法(以下、「旧法」という。)二一一条前段、同改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては平成七年法律第九一号による改正前の刑法(以下、「刑法」という。)二一一条前段にそれぞれ該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときに当たるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、被告人三名についていずれも一個の行為で二三個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により、いずれも一罪として犯情の最も重い甲山に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、被告人三名についていずれも所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で、被告人Aを禁錮二年に、同Bを禁錮二年六月に、同Cを禁錮二年六月にそれぞれ処し、被告人A及び同Cについて情状により旧法二五条一項をそれぞれ適用してこの裁判確定の日から同Aに対し三年間、同Cに対し四年間それぞれの刑の執行を猶予し、訴訟費用は、被告人A及び同Cについては、刑訴法一八一条一項本文により、これを四分し、その各一をそれぞれ負担させ、同Bについては、同条一項ただし書を適用してこれを負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、広島新交通システムの橋桁架設工事において、判示した被告人三名の過失が競合したことによって、橋脚の北側に上架した橋桁を橋脚上で横移動させた後、橋脚南端に設置するためにジャッキによる降下作業中に、ジャッキ及びジャッキ架台の設置位置及び設置方法が不適切であったため、ジャッキ架台が挫屈・倒壊し、転倒防止ワイヤーも設置していなかったことから、右橋桁が、吊り足場等で作業中の作業員らもろとも橋脚南側路上に転落し、よって、右作業員らの他に右路上で信号待ちのため停車し、あるいは同所を通行していた自動車内の一般市民らが右橋桁の下敷きになり、もって、一五名(うち一般市民一〇名)が死亡し、八名(うち一般市民五名)が、長期の者で加療約八か月に及ぶ判示各傷害を負ったという事案である。

本件事故は、そもそもジャッキ及びジャッキ架台の不適切な設置に起因するが、これは、被告人B又は同Cのいずれかが降下作業の指揮・監督に当たっていれば、容易に防ぎ得たものである。しかし、右両名はともに降下作業の危険性にいささかも思いを致さず、被告人Bは、現場代理人としてジャッキ位置等を指示することなく、漫然と、被告人Cに降下作業の監督を命じ、命ぜられた同被告人にしても、同Bに対し、求指示、進言をせず、あまつさえ、降下作業の現場から離脱し、しかも、被告人Bにおいては、さらに、同被告人が監督を命じたはずの被告人Cが降下作業を現に監督していないことを知りつつも、これを放置して、結局、被告人D及び作業員丙田らのみに右作業を行わせたのであり、被告人D及び作業員丙田らが降下作業を始めてから本件事故発生まで昼休み時間を含めて約三時間が経過するうち、被告人B、同Cのいずれもが同作業の進行状況を確かめることすらしていないことに照らすと、その注意義務違反の程度はいずれも甚だしいといわざるを得ない。

被告人Aも、本件事故前日の横移動作業の指揮・監督に当たったことから、本件現場の問題点を十分認識していたにもかかわらず、何らの措置も講じておらず、同人の注意義務違反も軽視できない。

被告人三名のこれらの過失の背景として、高所における重量物のジャッキ作業である本件降下作業が本来高度の危険を伴う作業であり、これに関しては、橋梁架設工事の業務者は安全な工事遂行を図ることを第一義として、慎重に対処すべきであるという、建設工事においてはいわば初歩の知識に属する危険感覚や安全意識を欠いていた右被告人らの姿勢自体に、重大な問題があったことを指摘しなければならない。そして、何よりも本件現場は、一般の通行の用に供された県道上であり、いわば、一般市民の日常生活に隣接した現場での危険作業であったのであるから、被告人三名のうち、ただ一人が、たとえ一瞬でもかかる危険に思いを巡らせることができれば、速やかにその安全確保の措置に出ることができたとも考えられ、このような基本的な危険感覚の鈍麻がもたらした本件被害結果は余りにも重大である。

被告人三名の各過失により生じた本件被害結果は、右のとおり多数の死傷者を生じた重大なものである。しかも死者一五名のうち一一名はいずれも即死し、三名はいずれも事故後約一時間で死亡したという無残、悲惨な態様である。作業中に転落した作業員らはもとより、信号待ち等のため自動車内にいた被害者らは何らの理由もなく、突然に無残な形でその生命を奪われたのであって、その驚がく、無念さは察するに余りある。

さらに、突然に、愛する家族を奪われた遺族の精神的、経済的打撃も重大である。また、負傷者の中には後遺症に苦しむ者もあり、負傷者に与えた影響も計り知れない。そして、これら被害者らの被害感情には依然として厳しいものがある。

加えて、本件事故が発生したことにより、建設工事の安全性に対する信頼を著しく損ね、一般市民にも大きな不安を与えたことも否定できない事実である。もとより、社会的基盤の整備、発展には、本件のような大型建設工事は不可欠であり、社会に有益なものであるが、その有用性は工事の安全性なくしては価値のないものどころかかえって大きな害悪に堕してしまうのであり、建設工事の専門家である被告人三名は、本件現場においてこのことを肝に銘じておくべきであった。

以上の諸事情からみると、被告人三名の刑事責任は重大で、とりわけ現場代理人である被告人Bの責任は甚だ重大であるといわざるを得ない。

しかしながら、他方で、大半の被害者又はその遺族と○○又はYとの間で、示談が成立し、複数の遺族から嘆願書も提出されていること、被告人三名は本件事故後、被害者及びその遺族への謝罪、慰霊又は見舞いの外、福祉活動にもあたるなど、本件事故について真摯に反省している態度が見受けられること、被告人A、同Bは本件以前には前科がなく、同Cには前科前歴が一切ないこと等右被告人三名について有利に勘酌すべき事情も認められ、さらに、被告人A、同Bは本件事故後、その職を解かれ、○○を退職していること、被告人Bは準備期間を十分与えられないまま本件現場に派遣され、下請以下の各業者も橋梁架設工事に慣れていなかったことから、工程が遅れがちで、現場代理人である被告人Bに多大な負担がかかっていたこと等同被告人にいささか同情すべき事情もある。

以上の諸事情を総合考慮して、主文掲記の各刑を量定した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官片岡博 裁判官池本壽美子 裁判官下津健司)

別紙<省略>

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